創作短編2◆

□まどろむせかい
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今年の冬は例年に比べ特に寒い。

あたしは室内にいるというのに何枚も重ね着をしてコタツに籠る。
段ボールから出した大量のみかんを天板にぶちまけてみかん天国を作った。もうこれだけで満足。
正方形の一辺を陣取りながら正月を満喫する。
こう書けば何も不自由することなく新年を過ごしているように見えるけど、しかし実際はそんなことない。

あたしと同じくコタツの一辺を占領しているのは二日前にロシアから帰ってきた「藤重」だ。
あたしの右向かいの辺で自前のノートパソコンとにらめっこしている。
そばには小瓶に入った角砂糖とマグカップに注がれたココア。

「あんたさっきから何してんの」
「へふひーへす」

口の中に角砂糖をしこたま押し込んだ状態でしゃべられても分からない。
いや、わざわざそんな状態の藤重に聞いたのが悪かったか。
パソコンをカタカタと操作しながら、口の中の角砂糖も処理しようとしているらしい。
ココアを飲んで藤重はごくりと喉を鳴らす。

「FPSだよ」
「何、えふぴーえすって」
「ファーストパーソンシューティングゲーム…っていうんだけど、なんて言えばいいのかな…プレイヤー自身の視点で敵を倒していくゲームっていうか」
「…………ふうん」
「簡単に言うと、ゲーセンにあるガンアクションみたいな感じ」
「あー」

分かったような、分からないような。
あたしが気の抜けた返事をしたことで、これ以上説明しても意味がないと思ったらしい。
藤重は視線を画面の中に戻すと再びカタカタとやり始めた。
あたしはみかんを剥きながら笑顔を意識して尋ねる。

「んで?なんで正月に、あたしの部屋で、年末に押し掛けてきたあんたが、家主のあたしをほっぽりだして、そうも優雅にゲームやってるわけ?ん?」
「栗原怖い!言葉に棘がありすぎて怖い!なんかやばいオーラ出てる!」

あら、みかんを頬張るだけのあたしに怖いなんて言葉は似合わないのに。
じろりと視線を合わせてやると、藤重はぴゃっとあらぬ方向を向いた。





くそ忙しい年末に藤重はあたしの家に転がり込んできた。
去年はアポなしでいきなり訪ねてきたので、一週間前に連絡を入れてきただけマシなのかもしれない。
藤重は二年ほど前からロシアに出向き、正月になると日本に帰ってくる。まるで鮭みたいだ。
なんのために行っているのかあたしは全く知らないけれど、帰ってくるたびに安堵した顔になるのでとりあえず適当に受け入れている。

角砂糖をガリガリ噛みながら藤重はキーボードを打った。

「だってさー、向こうの人に薦められたらハマっちゃったんだよね。すっごい面白くてさ、画面酔いするからって今まで敬遠してたのがバカらしいよ」
「あたしからしたらゲームごときに一日中パソコンにへばりついてる方がバカらしいわ」
「その言葉、ガチでやりこんでる人には言わない方がいいよ」

藤重に釘を刺された。
もちろん言わないけどさ。
そもそもあたしの周りにいるゲームオタクってあんたぐらいだし。

剥いたみかんを一房渡すと小瓶に入れてあった角砂糖をひとつ手渡された。等価交換らしい。
小瓶も角砂糖もあたしが用意したものなので等価も何もないのだけれど。
一応受け取って口に放り込む。甘い。超甘い。
なんでこんなものをあんなにたくさん食べられるんだろう。
藤重はみかんを唇に挟んだまま行儀悪くしゃべる。

「栗原は初詣行かないの?」
「わざわざあんなたくさんの人混みの中なんかに行く気ないわね。また後日行くつもり」
「だよねー」
「あんたといる方がまだ面白味があるわ」
「嬉しいこと言ってくれるね」

オレンジの物体を噛みながら藤重はにやりと笑う。
腹が立ったので角砂糖をいくつかつまんで口に入れた。やっぱり甘い。
「うわっ、めっちゃ減った!」と嘆かれたけど知るかそんなもん。
ちゃんと予備の袋買ってあるから心配すんじゃないってーの。

口の中の砂糖がなくなるまで、あたしは藤重のゲーム画面を見ていた。
パソコンでするゲームなんてソリティアかマインスイーパくらいなので、こうも3Dがぐるぐるすると酔いそうになる。
やっていることもよく分からないし、コタツの魔力に負けてあたしはごろんと横になった。
「寝るの?」と聞かれた気がしたけど、それに返事を返す間もなく意識は消えていった。



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