創作短編2◆

□一週間前はエイプリルフールだったけど
1ページ/1ページ


「なんか嘘ついた?」

部室に来るなり夏也が変なポーズを決めてきた。
両足を大股に広げ右腕は顔の前を横切ってL字型に曲げ左腕は胸の前で一直線。
時刻は午前十時。スロースターターなうちの部はまだ俺しか来ていない。記念すべき二人目がこいつなんだけど何これきもい。きもいわ。
机の上を整理しながらドン引きしている俺に構わず、夏也はそのポーズのままでずいずいっと近寄ってきた。
まるで相撲取りがやる摺り足みたいな滑らかな足の動き。やめろ、さらにきもくなってどうする。
顔をひきつらせてみたけど効果なし。夏也はまた口を開いた。

「ねえ、嘘ついた?」
「誰が」
「やっちんが」
「なんで」
「エイプリルフールだったから」
「一週間前に終わってんぞ」
「だって俺、風邪引いてたし!誰にも会わなかったし!誰にも嘘ついてもらえなかったし!」

きもいポーズを解除して、地団駄を踏みながら夏也はこちらを指差した。そんなこと言われても困る。
風邪を引いたのもお前がまだ寒い春の夜に腹出して寝てたからだし、そんなくだらないことで休まれても見舞いになんて行かねーよ。
椅子に腰かけて理路整然と並び立ててみれば、「だからー!」と叫ばれた。なんなんだよ、お前はよお!

「あんな楽しいイベントなのに参加できなかったのが悔しいんだよー!」
「イベントっつっても……テキトーな嘘つくだけだぞ」
「それがいいんじゃん!超お手軽に楽しめるイベントじゃん!」

しかも年に一回!と人差し指を突きつけられた。
季節イベントっていったら大体そうだもんな。クリスマスとかお正月とかバレンタインとか。
でもエイプリルフールはそんなたいそうなもんでもないと思う。嘘をつくわけだし。
どっちかっていうと嫌がられる可能性の方が高い。

そんなくそどうでもいい話をさらに聞かされていると部室のドアがコンコンと音を立てた。
一拍おいて扉が開く。

「おはよーございまーす」
「おはよー」
「だきちゃんおはよー!」
「わー、川本先輩、風邪大丈夫ですか?」
「あー、それそれ!聞いてよ、だきちゃん!やっちんがひどいの!」

部室にだきちゃんこと小滝くんが増えたと思ったら夏也の餌食になった。
鞄を置く暇もなく捕まるとは哀れな。なむなむ。
しかし、人懐っこくて先輩を立てるのがうまい小滝と、ただでさえうるさい夏也が調子に乗った状態で絡みまくればやばいことになる。
嫌な予感しかしないけど今さら止めるのもアレなのでほっておこう。
だから早くみんな来い。部室に来い。今日に限っていつもより部員の出動が遅い。くそう。

その間にも夏也は小滝に先程の話を繰り返している。

「……って感じだからさぁ、だきちゃんなんか嘘ついた?」
「ついてないですねぇ」
「えっ、なんで」
「なんでって……すぐバレますもん」

小滝はそうだろうなぁ、と俺はギギギと椅子を鳴らしながら思った。
嘘ついたら「嘘ついてます」って雰囲気が駄々漏れするタイプ。
同じことを思ったのか、夏也も「あぁ……」って顔をして遠い目をしている。
ようやく荷物を置いた小滝は「でも嘘つくのよくないですよー」と至極真っ当な意見を口にした。
えぇー、とふてくされる夏也には何を言っても無駄なように思える。

新入生用の部活紹介決めないとなー、と書類をひっくり返してたら部室のドアが勢いよく開いた。

「あれ、みんな来てるじゃん。おはよ」
「あっ、なべちゃん!嘘ついた?」
「エイプリルフール?」
「そう!」

同級生の渡辺が夏也の攻撃に応える。ていうかよく分かったな。

「ついたよ」
「マジで?どんなの?」
「コンビニでアイス半額セールやってるって弟に言ったらマジで買いに行きやがった」

さすが渡辺。たち悪っ。
なんか怒ってたし、とニヤニヤしながら言ってるけど性格の悪さが隠せてねえぞ。弟くんに同情するわ。
小滝もダメだこいつみたいな顔してるし。
書類の山から見つけたプリントを取り出して渡辺に差し出す。

「んなこたどーでもいい。こんど新入生用に部活紹介の集まりがあるだろ。内容考えといて」
「あーい。めんどくせー」
「内容がないよう!?」
「くっだらねえシャレはやめろ」

プリントを覗き込んできた夏也の腕を別の紙で叩く。ぺしょんと情けない音がして端が折れた。
夏也がまたわぎゃわぎゃ暴れはじめたところで外から声がした。
後輩が二人、「ちぃーす」と入ってくる。

「そんじゃ、部活始めっかー」

時刻は午前十時十五分。
スロースターターだけど始動しますよ。

「あ、やっちん。その前に一ついい?」
「何?」
「結局、やっちんって何か嘘ついたの?」
「ついたよ」
「何?」
「教えねえよ」

そんなことしたら面白くないだろ?
それが嘘だからな。



end

20130407

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ