創作短編2◆

□S・A・G
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四月八日、中学三年生の始業式。
特に珍しくもない時期に特に珍しくもない転校生がやってきた。
彼女の、髪の色を除いては。

「――、といいます。よろしくお願いします」

彼女は教卓の前でぺこりとお辞儀をして教室を見渡した。長く結った髪が揺れるのが見えた。

「――くん、机と椅子を取りにいくから手伝って」

一番廊下に近いところに座っていた僕に先生が言った。
空いている席がなかったので仕方ないけど面倒くさいなあと思った。それでも僕は素直に従って先生と一緒に用具室へ向かう。
クラスの中で一番背が高くて重い物も持てそうだから、というのが先生の考えらしいけど実際はそうでもない。
僕は運動も得意じゃないし力もそんなにない。もっと他の人に頼めばよかったのに。
そう考えながら机と椅子を一緒に持ち上げて廊下を歩いた。
教室まで運び、僕の席の後ろに一式を置いて仕事完了。奇妙な髪の色をした彼女は何も言わないでいた。



四月二十三日、普通の日。
彼女は僕の後ろの席にいるはずだったのに、いつのまにか別の場所へ移動していた。
僕は普段から一人ぼっちなので特に意識していなかったけど、彼女は嫌がらせをされているらしい。
クラスの、まあ派手めな女の子たちの席の近くに机を持っていかれて、仕方なくそこで授業を受けているらしい。
先生にはうまいこと誤魔化して仲良くやっているように見せてるみたいだ。

「――さんもさぁ、一緒にやろうよぉ」

彼女の髪を触りながら女子の一人が言う。
休み時間になるとクラスはざわざわするものだけど、聞こうと思えば色んな話が聞こえる。
女子の手元にある雑誌にはピアスを開ける方法が書いてあるらしい。
彼女は触られた髪をさりげなく自分の元へ戻しながら「私はいい」と小さく呟く。
きゃはは、と起こった笑いを聞く彼女の不思議な髪色が揺れる。
僕はそれを見て教室を出た。



五月五日、子どもの日。
休日だったので僕は街に出かけた。
見たい映画があったのでチケットとポップコーンとコーラを買って列に並ぶ。
周りには親子連れや友達同士で来た高校生っぽい人たちとか大学生みたいな人たちがたくさんいて、一人の人は少なかった。
こういう時、背が高いと便利だ。中学生には見られない。一人でいるのは平気だけど、あの子一人じゃん可哀相って思われるのは嫌だから。
チケットに書かれた番号と同じ席について、途中で買ったパンフレットをぺらぺらめくる。あらすじやキャストの話、監督のこだわりとかストーリーの裏とかを適当に読む。前宣伝通りだった。
ふとパンフレットから顔を上げると二列前の席に見たことのある髪色を見つけた。不思議な色が少し落とされた照明の中でも目立っている。
周りには誰もいない。いじわるな女子は誰もいない。
彼女もこの映画を見に来たみたいだ。なんとなく親しみを覚えた。
ふっとあたりが暗くなり開演のベルが鳴る。
僕はスクリーンへと目を移した。



五月十九日、中間テスト最終日。
一時間目が数学、二時間目が社会、三時間目が国語。それで終わり。
分かんなかったところもあったけど、まあ普通の点数が取れたと思いたい。七十点から八十点くらいをテキトーに。
教室ではテスト終了で息抜きにどっか行こうって人がわいわい騒いでいた。すでにカラオケの会員カードを振りかざしてる人もいる。
それを横目で見つつ、僕は鞄を背負ってさっさと教室を出る。親しい人があんまりいないのでこういった高揚感は少し苦手だ。羨ましくなる時もあるけど僕には合っていない。
階段を下りた先の靴箱で例の転校生を見つけた。今日はあの髪を結わず降ろしている。
転校後初めてのテストはどうだったんだろう。というか、あの環境でちゃんとした勉強はできてるんだろうか。
クラスの靴箱には僕と彼女以外の人はいない。彼女の指には絆創膏が貼ってあった。
僕は靴を履いてそばを通り抜ける。夏になり始めた空がまぶしい。

「――さん!じゃあねー!」

後ろから、どん、がちゃん、と鈍い音がした。
思わず振り返ると長い髪を広げて彼女が靴箱の前に倒れていた。そばには中身が飛び出した鞄。
きゃはは、と笑いながら駆けていく女子たち。ばたばたと走る足音が前を横を後ろをすり抜けていった。



六月二日、雨が降った。
彼女の傘が傘立てから消えた。



六月四日、この日も雨が降った。
彼女の傘が折れた状態で傘立てに戻っていた。



七月十二日、期末テストが終わった。
一時間目が美術、二時間目が英語、三時間目が数学。
一人ぼっちの僕は何事もなくテスト用紙と課題のワークを提出して帰路についた。
家に帰って服を着替えてまた映画館へ行った。特に見たいものはなかったけど、なんとなく今話題の映画のチケットを買った。
あの髪の彼女はいなかった。



七月二十六日、一学期の終業式。
その日、彼女は学校に来なかった。



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