創作短編2◆

□きらめくせかい
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今年は珍しく初詣に行った。
人が多い所になんか行きたくないので、いつもは元日を外して少しずらして行くんだけど今年はそうじゃなかった。
その原因である人物はあたしの隣でおみくじの結果をにまにまと笑いながら眺めている。笑顔が非常にきらきらしている。

「……で、そのにやけ顔どうにかしたら?なんか馬鹿っぽく見えるんだけど」
「やー、だってまさか大吉が出るとは思わなかったんだしさぁ。あ、栗原は小吉だったんだよねごめんね」
「ぶっとばすわよ」
「わあ、ひどーい。マスク越しでも口の端が歪んでるってわかるー」
「よし、歯をくいしばれ」
「それは勘弁!」

あたしは今年もロシアから帰省してきた「藤重」と一緒に自分のマンションまで寒風に吹かれながら歩く。
冬前に買った新作の綺麗めシンプルコートを着てブーツの高ヒールを鳴らすあたしとは対照的に、藤重はいつものダッフルコートと大きめのごつごつしたブーツだ。
コートはいいとして、ブーツがあまりにも面白みがないのでそれ以外に履くものないの?と聞けば雪の中でも歩けるやつがいいから、と返された。ここは世界の北端にある北国じゃない。

「おみくじは大吉だし、巫女のお姉さんからお酒ももらっちゃったし、正月は嬉しいことづくめだなー」
「はいはい良かったね」
「相変わらず適当に流すね」

藤重は面白くなさそうに唇を尖らせる。こんなあからさまに煽ってくるやつには適当に返すのが一番楽で疲れない。



マンションに着いて鍵を取り出そうとしたところで手の震えに気付いた。
強い風で暴れる髪を押さえるふりをしてそっと額に手をやる。なんだか熱っぽい。寒さで震えてるのかと思ったけど……これは嫌な予感がする。
藤重に悟られないよう、さりげなく部屋の鍵を開ける。藤重は寒い寒いと言いながらさっさと靴を脱いで部屋の奥へ入って行った。せめて電気をつけろ。
あたしは暗い玄関でブーツを脱ぎながら額に手の甲を当てる。手が冷たくて額が熱い。手が冷えすぎてるってのも考えられるけど違うかな。まさか正月早々体調を崩すなんて思ってなかった。嫌な予感がしてから頭痛もするし。
はぁ、とため息を吐いたら後ろから音がした。振り返ると暗がりにみかんを持った藤重が立っている。こめかみを押さえたあたしを見て首をかしげた。

「どしたの?」
「なんでもない」
「もしかして熱ある?参拝の時から思ってたんだけど」
「……かも、しんない」
「体温計どこ?」
「電話置いてある棚の引き出し。たぶん一番上」
「ちょっと待って。……あったあった」

藤重から受け取った体温計で熱を測る。なんで分かったんだろう。自分じゃ分からなかったのに。
熱を計りながら何かをするわけにもいかないのでじっとするしかない。藤重はすでに自分で用意したマスクを装着していた。こいつはこういうときだけ行動が速い。
ピピピと鳴った体温計を見ると微熱。平熱より高いけど一晩安静にしていれば治りそうだ。少しホッとした。
みかんを剥きながらどう?と聞いてきた藤重はさっきよりも距離を取ってこたつに入っている。正直者め。

「微熱だった。寝てれば治りそう」
「じゃあ楽な服に着替えてとっとと寝なさいね。まったく栗原ちゃんったらー、お正月に風邪なんか引いちゃって日頃の不摂生が祟っちゃったのよー、やだもおほんとにー」
「あんた誰だ」
「あなたのお母さんよ!」
「みかんに向かって話しかけるな」

藤重との会話でズキズキと痛む頭を押さえつつ隣の部屋で放り出してあった部屋着に着替える。
戻ってきたら藤重の姿がなかった。どこ行った?と思ってきょろきょろとあたりを見回したら目的の顔がキッチンから顔を出した。

「あ、砂糖もらってるから。いいよね?」
「粉砂糖はやめてね」
「もちろん角砂糖ですよぉ」

藤重の好物ダントツ一位である角砂糖。あとで出そうと思っていたのをすっかり忘れていた。
あたしはこれを年末に買いだめして毎年こいつに分けている。……分けているといってもほとんど藤重に食べられているんだけど。
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