創作短編2◆

□きらめくせかい
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でかい砂糖入れに角砂糖を盛り込み、藤重はスキップをしながらこたつに潜り込んだ。

「去年までは白いのばっかだったけど、今年は黒砂糖も混ざってるんだね」
「ダメだった?無理ならあたしがもらうよ」
「いやいやいやいや、ありがたーくいただきます」

冗談で手を伸ばしたらすさまじいスピードで逃げられた。こいつはこういうときも動きが早い。
あたしは砂糖を一つ手に取ると口に放り込んだ。毎年やってるけど甘い。非常に甘い。
口の中で砂糖を溶かしつつ、温かいお茶を沸かしてこたつに潜り込む。藤重はそれを待っていたように口を開いた。

「あのさ」
「なに」
「来年あたりにこっちに帰って来ようかなと思ってんだよね」
「来年?ロシアから?」
「うん。まだ時期は決めてないけど」
「またどっか部屋借りるの?」
「栗原んちに置いてもらえたりはー、しないかなー、なんてー、思うんだけどー」
「するわけないでしょうが」
「デスヨネー」

藤重はあははと笑ってまた角砂糖をほおばった。
しかしそうか。帰ってくるのか。

「あれ?来年帰ってくるってことは、今年の大晦日とかは?」
「たぶんまだ向こうに住んでる。帰省はするけどね。だからまた来年も栗原んとこでお世話になるからよろしく!」

慣れないウインクで星を飛ばして藤重は器用に片手でみかんを剥く。
あたしはこたつに潜りながらふと気付く。

「そういやあんたは今年ゲームしてないのね。去年は寝落ちしながらやってたのに」
「ん?やるよ?っていうか、今触ってないだけで現在進行形でやってるよ」
「どういうこと?何もしてないじゃん。みかんと砂糖食べてるだけじゃん」
「ちっちっち、違うんだなー、これが。今は消費したゲージ回復中の時間だから動かせないだけであって、厳密に言えばこの時間もやってるんだよ」
「ん、んん?まぁいいや。去年やってた……いーぴーえす?もそれなの?」
「EPSはデータ保存形式だよ。FPSね、あれもまだやってるよ。あいかわらず外人とやるとエグいね、マイク越しにファッキンばっか言ってくるクレイジーどもばっかだよ」
「外国人とやってんの?」
「うん。そもそもそれ系のゲームって向こうの畑だしね。日本の人でもうまい人はいるけど」
「あんたはどれくらいすごいの?」
「プラチナは色々持ってるけどたぶん栗原に言っても分かんないと思うよ」

うん、途中からよく分かってなかったから別にいいや。とりあえず藤重がいつもどおり元気にゲーマーしてることが分かったから。
あたしはそう言って温かいお茶を一口飲んだ。
藤重は角砂糖の角をじっと眺めて、

「それでもさ、ゲームやってたら余計に思うんだけど、世界って広いんだよ」
「まぁそうでしょうね」
「スーパープレイしてる人なんか見るとすっごく輝いて見えるんだよね。うわー!やっべー!かっけー!みたいな」
「あんたはなおさらそうじゃないの?今住んでるとこも日本じゃないし」
「うん。ゲームの世界もそうだけど、現実の世界にも言えることだしね。色んな人がいて色んな考えがあって色んなことがあって、中々捨てたもんじゃないって思えるようになったし」

少しはにかんで笑う。
それを見てあたしはホッとした。熱が微熱だと分かったとき以上にホッとした。
部屋の掃除と空気を読むのが嫌いでゲームのやり込みと角砂糖が好きで、思ったことをすぐに言葉に出すけどあたしよりもはるかに色んなものを受け取っている、いつもの藤重だった。

「あたしはさ」
「うん?」
「藤重が向こうに行ってもあんまり変わってなくて、正直嬉しいよ」

変わらないことで安心を保っているあたしを置いて、ひとり変わっていく藤重を見るのはひどく辛い。きらめいた世界で前を向いて歩く姿を遠く離れた場所から見るのは眩しすぎる。
言い方は間違ってるかもしれないけど、あたしの知らない世界に行ってキリッとして帰ってくる藤重なんか偽物だと思う。

「あたしは、毎年あんたが帰ってくるたびに安心してるよ」

ずるいと思うけどね。その言葉は口に出さない。それこそがあたしのずるさだ。
藤重は砂糖を入れた口をもごもごと動かして「褒められてる?」と首をかしげた。

「そうね。少なくとも、こっちに帰ってくるってことは向こうで死んでないってことだから」
「そこらへんは充分注意してるよ。凍死しないようにしてるし銃殺もされないように気をつけてる」
「あんた一体どこに住んでんのよ。ていうか銃殺って恨みでも買ってんの?」
「ゲームで負けたらブチ切れる隣人がいるんだよ」
「引っ越せ」

お金ないから無理かなー!と藤重は軽く笑った。
笑顔がまぶしい。
きっとこの顔を見るのもあと一年経ったあとになるんだろう。
それまでに藤重が何らかの原因でいなくならないように願うばかりだ。

まずはあたしもこの風邪をどうにかしないと。
熱に浮かされて変なことを口走らない前に。
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