fiore di loto

□fiore di loto 3
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降る。降る。

ざあざあとただひたすらに雨が降る。

天気予報の嘘つき!雨が降るなんて言わなかったじゃないのさ。
昇降口で立ち尽くし、憂鬱な心持ちで見上げる鈍く重い雲は、よく見ると薄墨で掃いたような濃淡が綺麗。
傘を忘れてしまったあたしは、しばらく無心で空を見上げていたけれど、一向に切れる気配のない厚い雲と、止む気配のない大粒の雨に、意を決して飛び出した。

最早日本は亜熱帯なんじゃないだろうか。痛いほどのスコールに、春だというのに纏わり付くような熱気を孕んだ空気。

教科書が少しでも濡れないように、ブレザーの中に包むように鞄を抱えた。

わざわざ水溜まりに入らなくても、かぷかぷと歩く度に不快な感触のするローファー。ああ、こりゃもう駄目だな。お母さん怒るかな。

諦めの境地か、だんだんと楽しくなってくるから不思議だ。あたしは走るのをやめて、ゆっくりと歩き出した。
この大雨のせいか、人っ子一人歩いていない。まるで世界に一人取り残されたみたいで、そんな事を考えていたら益々気分が高揚してくる。
自然と浮かぶ、最近のマイブームの曲を口ずさみながら、あたしはスキップでもしそうな勢いで歩き続ける。


通り道の公園で、すっかり緑に替わった桜の樹を眺めた。

いつもならこの辺で煌が現れるんだけど、今日みたいな大雨じゃ流石に外出を控えたらしい。


ファーストキスを奪われて以降、毎日あたしにキスをする煌。
それは唇を掠める程度に合わせるものだけど、あたしはそれが嫌じゃなかった。認めたくはないけれど。絶対に煌には言わないけれど。もの足りない…なんて絶対に言わないけれど!


本名も知らない。年齢だって怪しい。住んでるところだって知らない。


いつもふらっと現れて、あたしを弄ってふらっといなくなる煌。


あたしを見る目が優しいとか、冷たい長い指が心地良いとか、ゆっくり話す艶っぽいテノールが好きとか、エッチっぽい綺麗な顔がドキドキして好きとか、煌だけが呼ぶ『レン』って響きが最近は凄く好きとか…好き?………嫌いじゃない…。


気付けばあたしは雨の中、葉桜の樹を見上げるように立ち止まっていた。


雨が強くて目を開けているのも大変なのに、雨粒が痛くて顔を上げているのも大変なのに。


あたしの視界はその黒を捉える。


今日はいないと思って何となく寂しいと感じた事は絶対に言わないけれど。

公園の隅に背中を向けて立っている煌に駆け寄ったのは、スコールで気持ちが高揚していたせいだ。

だから近付くまで気付かなかったんだ。その違和感に。


いつもの煌より少し背が高いみたい。いつもの煌より髪が長いみたい。

「我が開いた冥府への扉、その向こうに架かる橋を渡るが良い」

煌が何て言ったかだとか、片手に持っている物が大きな鎌だとか、都合の悪いものは目に見えていても脳が認識しなければ見えていないも同じ事なのだ。



「コウっ!」

あたしが呼ぶ声にゆっくりと振り向いた煌が、煌なのに違う人に見えたのも、スコールのせいだろうか。

いつもの煌より顎がシャープで…。

「…レン?」

いつもの煌より声が少し低い…これは誰?

さっきまでは見えていなかった大きな鎌。
煌の足元に横たわる猫。

確かに今『レン』って言ったのに。目の前の人は煌しか呼ばない呼び方であたしを呼んだのに。

あたしの身体は一歩後退りをする。

「レン…おいで。全部教えてあげるから」



やっぱり長い脚一歩だけで、あたしの目の前に迫った煌みたいな人は、あたしをたやすく捕まえて腕の中に閉じ込めた。

微かに香るのは煌の匂いで、その手にはもう鎌はなくて、耳元でもう一度レンって呼んだ声はいつもの煌のテノール。

あたしはやっと安心して、鞄を抱えたままその腕の中に擦り寄ったのも、きっと全部スコールのせいなんだ。





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