fiore di loto
□fiore di loto 5
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…回る…回る。
見慣れた天井がふらりと揺れた。
スコールに打たれて放心状態で帰宅した私をお母さんは呆れたように迎えた。
すぐにお風呂に入ったけど、そこでぶっ倒れたあたしは、案の定夜には高熱を出して今に至る。
頭はガンガンするし、寒くて仕方ない上に背骨やら膝の裏が軋むように痛い。
「…ふ…ふふ…」
こんなに高い熱出したのっていつ以来だろう。お腹の深いところから沸き上がるように笑えてくる。しんどいのに何故か面白くなってきた。
全部夢だったのかな。
昨日の煌の姿。
黒鉄の大きな鎌。
膝を抱えてあたしを見つめる瞳。
抱き寄せられた腕の強さ。
柔らかくて暖かな唇の感触。
いつもより長くて深いキスの味。
「…ふふっ…」
何だかフワッとした記憶だけれど、曖昧な訳じゃない。
夢じゃなきゃいいな。
熱のせいで煌の事ばかり考えてしまう。
そんな事を思いながら、瞼の隙間から眺めた揺れる天井に酔いそうになって、ぉぇっ…と目を閉じた。
すっと髪を梳き上げる感触。
ああ、気持ちいい。
ふわりと鼻を霞める煌の匂い。
瑞々しい甘い花の匂い。
この匂い、好きだな。
顔に降る柔らかい感触。煌にキスされてるみたいだ。
押し当てるんじゃなく柔らかく弾くような…そんな感触。
気持ちいな。
「……コ…ウ…」
「ん〜? レンちゃん何か飲む?」
無意識に呟いた声に、返事が返ってきた。
ぱちぱちと見開く瞼。
眩しくて一瞬怯むけど、声の主を確認しなきゃいけない。視線を横に流すまでもなく、あたしの上には煌がいた。
「…な…何して、んの?」
「声掠れてる、レン待って、これ飲んで」
あたしに掌を翳してから、唇に固いストローを押し当てられた。
見慣れたスポーツ飲料のペットボトルに取り付けられたキャップと一体型のストロー。
ちゅっと吸って飲み下すと、やけに甘くて美味しくて、もう少し飲む。
張り付いた喉の壁が少しずつ剥がれていくような感触に、ホウッと息を吐いた。
「飲んだよ、で? ってか…何…その目」
目の前の煌は、あたしの上に乗ったまま両手でペットボトルを持って、目をキラキラ輝かせてた。
頬っぺたが少し赤いんだけど…煌も熱あるんじゃないの?
「…コウ…あんたも熱あ「もっと飲んで」
あたしを遮って、唇に再びストローを押し付けられる。
「ン!…」
ごくんと飲み下すと、何でか更に煌が目をキラキラさせている気がしてきた。
やっばい…。熱上がったんじゃないの?コレ。ってか煌も熱あんじゃないの?
あたしは重い腕を持ち上げて、ペットボトルを取り上げる。
「あっ!何すんの」
「もういいよ…」
ずっと持ってたら暖まっちゃうじゃん。
あたしはペットボトルをベッドボードに乗せた。
「で? コウも風邪ひいてんじゃないの?」
何故か不満げな表情でペットボトルを眺めてる煌に聞いてみる。
「俺は人間じゃないから平気」
「あ、そう」
不満げな顔から一変して笑顔になる。
死神って元気だねー。
「熱高いね、辛い?」
首筋に煌の掌が宛てられて、ぞくりと背筋が悸いた。
「ん、ツライ…」
そう答えると、首にあった手が離れておでこを撫でるように前髪を梳き上げる。
あ、これさっきの気持ちいいやつ。
うっとりと瞼が落ちる。
「熱出して辛そうなレンは、すっごく可愛い」
「…変態」
目を閉じたまま言ってやる。
しんどいあたしを可愛いって、それ何だ!変態じゃないか。
「んー、否めない」
否定しようよ。そこは認めちゃ駄目だよ。
でも気持ちいいから今日は許してあげよう。
「コウ…寒い」
「肌を合わせて温め合おうか」
「…変態」
閉じた瞼の向こう側が陰った気がして、薄く目を開くとやけに近くに煌の綺麗過ぎる顔があった。卑猥な睫毛が頬に擽ったい。
「…近い」
「ん、涙出てる」
熱のせいで水っぽい目元をぺろりと舐められた。
紅い何かが近づいてくるのをそのまま眺めてた。反応が鈍いのは熱のせいだ。
「コウ…今、目ん玉舐めた…」
「ん、泣いてる顔も可愛いし、目も美味しい。レンはどこ舐めても美味しい」
「…変態」
でも目ん玉舐められて気持ちいいと思うあたしも、変態だったらどうしよう。
あたしの上に覆いかぶさっていた煌が、小さく笑った気配がする。そのせいで少し空気が動いて、またゾクゾクと寒気を感じた。
あたしは少し身じろいで、布団をぺろりと捲る。
…寒い。
「…コウ、暖めて。寒い」
シングルのベッド。煌が入ったら窮屈で仕方ないだろうけど、くっついたら暖かいだろうから。
おでこをくっつけて唇を啄んでから、煌はあたしの隣に身体を滑らせてきた。
広げられた腕に頭を乗せて擦り寄ると、背中をポンポンと優しく叩かれる。
心臓が刻むリズムに良く似たそれが心地良くて
暖かくて
仄かな瑞々しい花の匂いに包まれて
あたしは幸せな夢を見た。