fiore di loto

□fiore di loto 9
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―ぐるぐる…ぐるぐる…

浮かんで蠢く黒い渦。

あたしの中の汚いところ、それを露にしても尚、手放したくないと心が叫んで軋む。

「…聞いたか?…瓏」

「………」

頬に添えられた煌の手が、あたしの手を乗せたまま唇へ。

「もう一回、蓮」

「え?」

「もう一回言って、今の」

びくりと身体が強張る。これ以上惨めな思いをしろと、そう言うんだろうか。

壊れたように溢れる涙に、抗うように瞼を開けて煌を見ると、煌はあたしの顔を覗き込んだままで。困ったように歪んでいたその眉は、今は長めの前髪に隠れていたけれど、そこから覗かせる瞳は何故か嬉しそうで。あたしは少し混乱し始めた。

「今の?」

数回頷く煌を見てから、その斜め後ろの美女を見上げる。

哀れむような、心配そうな、何とも言えない表情に、何と無くちぐはぐな印象を受けた。

お願い…したら、煌は連れて行かれないのだろうか? もう一回お願いしたら、煌はあたしの傍にいてくれるんだろうか?

「煌を…連れて、行かないで…?」

「つまり?」

先を促す煌、その声はなんだかやっぱり嬉しそうで。

「つまり…」

「俺と?」

「煌と…」

「離れ?」
「…たくない…っぐぅ」

瑞々しい花の香りに包まれたと思ったら、煌の腕があたしの頭と背中に回ってこれ以上無理な程に強い力で抱きしめ…潰れる!

「く…くる、し…こう、し、ぬ」

「あ、ごめんねー蓮ちゃん愛してる。おい、聞いたか? 瓏」

抱きしめた腕の力が若干弱まって、あたしは可能な限り息を吸って吐いたけど、緩んだ腕はまだがっちりとあたしを包んだまま。

状況が解らないなりになんだかこのちぐはぐな雰囲気を説明してもらいたくて、当てになりそうも無い煌にされるがままに、あたしは『リョウ』と呼ばれたその人を見上げた。

「…ああ、聞いた」

額に綺麗な白い手を宛てて、肩を落として息を吐いたリョウさんは、ゆっくりとあたしに近付いた。

近くに来ると益々その綺麗さが怖いとすら思う。

「蓮…」

高過ぎず低過ぎず、綺麗なアルトがあたしを呼んだ。

「呼ぶな。減る」

「貴様は少し黙っていろ」

物凄い勢いでリョウさんに振り向いて横目で睨んだ煌を、リョウさんは負けないくらい冷たく睨み返すから…バチバチと音が聞こえそうなこの空気も、今のこの状況も、あたしは何だか訳も解らず凍えそうです。誰かホントに助けて下さい。
「困ったら、いつでも私を呼べ。この性悪に嫌な事をされたら私を呼ぶと良い。必ず助け出してやるからな。私は蓮の味方だ」

つるりと頭を撫でてくれたリョウさんは凄く心配そうに、でもとても優しい目をしていた。



「…煌、あの、先に説明を…」

「説明しながらなら良い?」

訳も解らないままに、リョウさんは何処かへ行ってしまって、あたしに引っ付いたままの煌に引きずられながら帰ってきたのは良い。そこまでは良い。多分。

いつもは堂々と玄関からなんて入らないのに、あたしを引きずったままの煌は…あろうことか、お母さんにこう言ったのだ。

『ただいま!叔母さん』

何ぃっ? と思ったあたしを他所に、お母さんの返事はこうだった。

『お帰りなさあい!あら麗衣、今日は煌也君と一緒だったのねー』

そして今度はあたしが煌を引きずって、自分の部屋へと押し入れたものの…。

「説明しながら何が良いのさ!」

ベッドの端まで追いやられ、もとい迫られて…多分これ危機的状況じゃないかと思いながら、両手で煌の顎を押し返しているところです!

「何って…ナニでしょ? 蓮ちゃん」

嬉しそうに笑ってから舌を出して見せた煌があまりにも卑猥で、あたしは思わずぎゅっと目を閉じた。

「お母さん! お母さんが煌也って」

まだまだ続く攻防に、さすがに腕が痺れてくる、けど陥落する訳には行かないのです!

「従兄弟です。蓮ちゃんの」

「はぁっ?」

びっくりし過ぎて思わず手が滑る。迫る煌から外れた腕はそのまま捕まえられて白い煌の首に絡まるように持ち上げられて、抱きしめられるまま煌の膝に乗せられた。

「誰が!」

「俺」

んーと頬に唇を押し付けられても、喜んでなんていられないのだ。だってあたしの疑問はまだ何一つ解決しちゃいないんだから。

「いつから!」

「さっき」

「何で?」

それまで散々ニヤニヤふざけてた煌の目が急に真剣味を帯びて、あたしの頬を指の背で撫でる。

びくり、強張る身体は擽ったいからでも、ましてや嫌悪でもなくて。長い睫毛が白い頬に落とす影に惹きつけられた。

「蓮が、離れたくないって言った」

甘い甘いテノールの囁きは、唇からそのまま吐息を口移す。

やんわりと重なる唇が離れて、それが酷く寂しい。

「俺が、我慢できないから、今後の蓮の人生調べてちょっぴり弄った。瓏は蓮がそれを良いって言うか確認しに来ただけ」

瞼に押し当てられた柔らかい感触に、うっとりと目を閉じる。

「何より俺が、蓮の傍から離れたくなかった」

甘い甘いテノールが、あたしのどす黒い感情を押し流していく。傍にいて良いって、傍にいてくれるって、そう言った煌の瞳は優しくて…。

「煌…大好き」

あたしは生まれて初めて自分から、男の人に、煌にキスをした。






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