fiore di loto
□fiore di loto 10
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―ちらちら…ゆらゆら…
背筋が伸びるようなしんとしたクリアな空気に、イルミネーションが瞬いている。
14時には西日に変わり16時には日も暮れる。
冬は夜が長い。
右手は手袋。左手は煌の指に繋がれたまま、黒いモッズコートのそのポケットの中。右手よりも左手の方が暖かくて、ふと見上げる煌の横顔は、青色だらけのイルミネーションの光を受けて、セラミックのように硬質に見えた。
「ん? お腹空いた?」
「何でさ…違くて、煌は青は似合わないね」
「青? あんまり身に着けないけど…蓮が言うなら覚えておく」
「似合わない…ってより、遠くに行っちゃいそう。煌が遠い感じ」
「じゃあ尚更だ。青は身に着けない。約束」
煌が目を細めてあたしを見下ろしながら、ポケットの中の繋いだままの指で手の甲を撫でた。
歩いている間に、背景のイルミネーションは青から赤に変わって、目に映る煌の滑らかな肌が幾分暖かいものに変わる。あたしは何となくホッと息を吐いてから、少しだけ煌にすり寄った。
「可愛い…」
「…バカ」
明日から冬休みだから、今日は少し遅くまでデートしようか。
今朝起きて目が覚めた瞬間に、あたしの上にのしかかる煌にそんな誘いを受けた。
何故か従兄弟っていう微妙なポジションで、何故か我が家に居候して、何故かあたしの部屋の隣には新しく部屋ができていたあの日から数ヶ月。
際どい言動はあるけれど、過剰なスキンシップは困る事も多いけど、キスより先のアレコレは強要しない煌。
「…デ、デートってどこ行くの?」
自分で言ってて恥ずかしい。今日は帰ってから煌と一緒に家を出た。出掛けに遅くなるからって、お母さんに言ってた煌。気になりつつも、それについて尋ねる事なんてできなかった。
「んー?良いとこ」
何となく恥ずかしくて、煌を見ずに途切れたイルミネーションを目で追うように視線を逸らすあたしの左手と絡んだ指がポンポンと甲を叩く。
甘いテノールが楽しげに言う『良いとこ』に、顔が一気に熱くなって、すっかり街頭も減った暗い道で真っ赤な顔が見られませんようにと、ただただ居もしない誰かにお願いするしか出来なかった。
「寒っ…」
「もっとこっちおいで」
煌が持ってたあたしの左手の手袋を渡されて、そのままぎゅっと肩を引き寄せられた。冷えたコートは冷たいけれど、風を遮る煌の体とあたしの心は暖かい気がした。
連れてこられたのは、中心街から少し外れた丘の上。日中は、色んな人が利用する大きな緑地の公園は、今は利用者も疎らだ。公園管理事務所が18時で閉まるからなんだけど。
歩いて来れるこの丘は、小さな頃に良く来た気がする。
「もう公園閉まっちゃうよ?」
「ん、閉まるの待ってる」
ふーん…ん?
「閉まるの待ってる?」
「うん」
閉まったら駄目だと思うよ。そう思って煌を見上げると、月明かりに照らされたつるりとした頬を緩めて、横目で見下ろす卑猥な表情とぶつかった。
月の明かりも、今日は青みがかった真っ白な明るいものだけど、LEDとは違ってずっと綺麗によく似合う。
真っ黒で艶やかな長い睫毛が、白い頬に落とす影だとか、スッと通った鼻筋が輪郭を際立たせているだとか、紅みの濃いめな薄い唇が綺麗に弧を描く様子だとか、透けそうな程に薄い皮膚だとか、煌の一つ一つにあたしの心はいつもザワザワと落ち着かない事を、きっと煌は知らない。
「時間だ」
その一言にハッと我に返る。
「…蓮ちゃん、まだおっきい声出しちゃ駄目だよ?」
人差し指を唇の前で立てて見せる煌に、美人はどんな姿でも様になるもんだと関心しながらも心臓が跳ねた。こういうの本で読んだことある。多分これを惚れた弱みって言うんだきっと。
煌の言葉に首を傾げると、嬉しそうに笑った煌が、体を少し折り曲げてあたしの膝の裏に手を宛てたと同時に抱き上げてから、跳んだ。
「―――っ!」
跳んだ煌がそのまま飛んで、あたしの喉は煌の注意の一切を無視して声を出そうと必死になるけど、それを阻止したのは煌の唇の感触。
瞬きも出来ずに目を見開いて、どんどん近付く明る過ぎる月を煌の向こう側に見ながらも、唇から伝わる熱と柔らかさと体を支える腕の感触に、何時もの煌を見つけて安心したあたしは、固まった腕を動かして、煌の薄い胸にしがみついていてから、ゆっくりと瞼を下ろしてそのキスに夢中になった。
木々は既にジオラマみたいに下に小さく茂っていて、怖いはずなのに怖くない。
大きな白い月だけに見守られた、空でのキスは、キャラメルみたいにとろりと甘いキスだった。