short box

□頬の表面温度、只今上昇中
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例えば、それはエスカレーター。
下る時はあたしより先に乗って上る時はあたしを先に乗せる。近くなった目線と背中に沿えられた手の位置に、少しドキドキした頃、その流れる階段は終了していつもと同じに戻るから、エスカレーターを下りる時はいつだって少し寂しい。

そう、今みたいに。

「ああん? どうしたよ」

「…別に」

待っててもアンタから手を繋いでくれる訳じゃないから、いつだってその手に指を絡めるのはあたしの方から。

ネクタイに指を掛けて緩めたアンタを、少しの不満を意図的に浮かべて見上げるあたし。その視線に気付いてか、左下のあたしを横目で見下ろすその口元が、馬鹿にしたみたいに吊り上がる。確信犯かよ。

―今更何を新たに知り合うの?

そんな風に周囲が言うほど、振り返れば長い付き合いになったけど、あたしは未だに翻弄されっぱなしで、ちっとも思い通りになんてなりやしないから腹立つ。でもそれと同じ分だけまた好きだと思うからまた腹立つ。

追い掛けるのはいつもあたし。好きなのもあたし。

シーソーは常にあたしの方だけに傾いて、アンタの方は上がったまんま。

…悔しい。

「何がだよ?」

知らぬ間にあたしは心の声を外に漏らしていたようで…。

「何だよ、アレ? パスタ食いてぇって言ったのにラーメン屋連れてったのふて腐れてんの?」

そう、それも悔しい。しかも連れて行かれたのがあたしの好みにドストライクな博多ラーメンの店だったり。

「……違うし」

「だろ? 旨かったろ? この前さー、たまたま入ったんだけど、お前絶対好きだと思ったから連れてこーってずっと思ってたんだよね」

ホラ、そういうとこ。

あたしの知らないとこであたしの事何秒かでも思い出してくれてるって思っちゃうじゃん。

「何…その顔超キモいんだけど…」

「キモい言うな」

ホラまたそうやって、喜ばせといて落としたり。一喜一憂するのはあたしばっかりで、そんなのも全部お見通しみたいなアンタが腹立つのに好きで、好き過ぎて腹立つ。


「は?何だよ…何、泣いてんの?」

「…泣いて、ないし…っ」

好きが溢れてんの。水となって、体内の水分に溶け込んで、云うなればこれは『溶存好き』なの。わかれよ、馬鹿。

「マジかよ…。お前何?こんな往来で泣くとか、超羞恥プレイじゃね?俺に何させたい訳?」

たまには好きって言って欲しいだけじゃん。態度で言葉で匂わされんのも幸せだけど、それでもちゃんと真っ直ぐハッキリ言って欲しいだけ。あたしの勘違いじゃないって、ちゃんと愛されてるって教えて欲しいだけじゃん。

あー…、すっごい悲しくなってきた。何年付き合ったって一々喜んで傷付いて、忙しくって仕方ない。長く付き合ってるからこそ、前しか…アンタだけしか見えなかった頃と違って、わかるからこそ色々想像して一人で勝手に悲しくなったりするあたしが、面倒臭いんだろうなってのも解ってて、でも本当に面倒臭いって思われてたらどうしようって怖くなってまた悲しくなるから、止めたいのに目から水が止まんない。

繋いだ手をぐいぐい引っ張って、連れて来られたのは暗いビルの陰。

「マジかよ…超泣いてんじゃん…」

呆れたように言われてんのに、正面に立ってあたしの両肩に手なんか添えて、そんな風に困った顔して覗き込むから、だから調子に乗っちゃうんだ。

「…『す』って、言って…」

「ああ?」

「良いから!」

「『す』…?」

「…『き』って…言って…」

「…………はぁっ?」

「良いから!…早く言ってよぉ」

無理矢理だって、意味を成さなくたってこの際何だって良いから言ってよ。馬鹿だって呆れるのは後にして、今はお願い、お願いします。

「ヤだね」

「…ぅ…っ…ぅっ」

チキョウ…。駄目か…。やっぱり駄目か。んじゃ良いよ、諦めるから。だから嫌いになんないでよ。

「あのさぁ、そんな下向いて泣いたまんまでさぁ、俺の方見もしねぇ状態で言いたくねぇだろうよ、んな大事な事」

ジャケットの裾を握ったまんまのあたしの両手に、暖かくてゴツゴツした指が重なってそのままギュッて握られる。

「…ふぇ…ぇ?」

「ふぇ? じゃねぇだろ…、俺見てニヤけてたって、訳わかんねぇ妄想して勝手に泣いたって、可愛いだけだろ。お前馬鹿じゃねぇ? すげぇ好きに決まってんだろ。何年一緒にいんだよ、解れよそんくらい」

あー、あー、あー、神様もうあたし死んでも良いかも。嘘。やっぱり勿体ないから死にたくないや。

「こんな暗いのに、頬っぺた真っ赤」

アンタがあたしの両手を握ったまんま、ニヤりと笑って見下ろした。



Title:

20100524 ラブログ掲載

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