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□キミと睡眠障害
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梅雨も明けない7月の夜。
ベタつく空気を孕んでそれでも夜の風は心地良く強く髪を舞わせる。
「なあにしてんの」
網戸を開けてベランダに出たキミに、振り向いて笑って見せたけど、風が邪魔して髪に隠された。
「風きもちいよ」
じじっと音をたてて、常よりもよく燃える煙草を吸いながら、一人分右に移動する。
「おお、マジだな。きもちいわ」
当たり前みたいにあたしの左隣に来たキミが、手摺に凭れて同じように煙草を咥えて火を点けた。
風に流されたオイルの匂い。
キミの匂い。
「ほれ」
灰はどんどん飛ばされて、早くも短くなった煙草に携帯灰皿が差し出される。
「ん、さんきゅ」
煙草を押し付けてからそれを返して、触れた指先に頬が緩んだ。
「なん?」
「別に」
怠そうに煙草を咥えてTシャツの裾から突っ込んだ手でお腹を掻きながら、あたしをちらり見下ろすキミのその顔が好きだ。
「変な顔」
「うるさい」
あたしももう一本、吸った気がしなかった煙草を唇で挟んで火を点ける。
音を立てて赤が広がる様子を見ながら目を細めて肺一杯に吸い込んだ。
その瞬間、フラッシュのように当たりが照らされ、眼球だけを左に移動させると、同じようにこちらを見下ろす瞳にぶつかる。
そしてもう一度。
分厚い雲の内側で光るそれは、不思議に下から辺りを強く照らすように反射した。
無意識に口角が吊り上がる。
左側に立つキミもニヤニヤと笑っていた。
梅雨も明けない7月の夜。
夏特有のその現象に、声には出さずとも沸々と沸くような高揚感。それを共有するのが他でもないキミである事が嬉しい。
音も無くただ断続的な不自然な程強烈な雷光に、二人並んでままただただ黙って見入っていた。
やがて湿っぽい空気には不釣り合いな乾いた爆音に肩が揺れる。
「こりゃ近場だな」
どこか楽しそうに響く声。
「ん、来たね」
あたしの声も自然と上擦っていた。
煙草を取り上げられて、携帯灰皿と共に網戸の隙間から室内へと投げ込むキミを目で追う。
「来るぜ」
遠くから迫るサァっという音と水分の匂い。
あたしは思わずキミを見上げる。
少し笑ったキミが頬に音を立ててキスをして、嬉しそうに小さく言った。
「きた」
ぱたぱたとコンクリートを打つ音。駆けて来て追い越して行ったような雨の先陣。太い雨の線が、その強さを思い知らせていた。
「うっわ…」
「雨の瞬間捕まえたったな」
「捕まったんだよ」
あたしとキミはベランダから身を乗り出すように腕を伸ばして肌で水を受ける。
何時の間にか風は止んで、稲光が走った。響く雷鳴は雨音で少しだけ優しく聞こえてる。
ベランダの手摺の上ですっかり濡れて滑る指先を追いかけて絡ませて、逃げて撫でてまた絡ませて。二人で笑いながらキスをした。
唇も頬も濡れて髪の毛も張り付いて、時折照らす雷に笑いながら擽るみたいなキスをした。
やがて雨の線は細くなり、気付けば雷は止んで、空もチャコールグレーに戻りつつある事に気付く。
「ね、このまま止むのかな」
額をくっつけて聞いた。
「ああ、一瞬だったな」
鼻の頭にキスをされた。
「眠れないかも」
「起きてりゃ良いだろ」
「付き合ってくれる?」
「もちろん」
ずぶ濡れのまま、もう一回だけキスをして網戸を開けて室内に入る。
振り向くと、雨は止んで既に切れた雲の間からやけに明るい月が見えた。
END.
20110711 ラブログ掲載