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□卒業センチメンタル
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胸のリボン
卒業証書が入った丸筒。
さっき後輩がくれた花束。
卒業式が終わっても帰ろうとしない生徒達でざわめく校舎。
開け放たれた廊下の窓から埃っぽい風が吹き込んで、掲示物を捲り上げた。
「お母さん先帰るよ。友達と約束とかあるんでしょう?」
傍らで母が言う。
「…うん」
髪の毛を一束弄びながら、あたしは曖昧に頷いて花束だけ預ける。
母はそんなあたしに何も言わず、それでも全て心得たといったように微笑んで背中を向けた。
母の後ろ姿が見えなくなってから、ブレザーの内側から携帯電話を取り出す。
『いつものとこで待ってるから』
絵文字もない素っ気ないメールが彼らしくて少し笑えた。
無条件に大人や社会に守られていたあたし達は、時にその用意された囲いを煩わしく思い、時に利用し、時に付け上がる。そして大人達はその囲いをあたし達に押し付けるんだ。
"まだ子供のくせに"
"もう大人なんだから"
年齢と共にその囲いは広がったけれど、それでも不自由なその内側は、あたし達を守り甘やかす。
大人達はこぞって言う。
"今が一番楽しいでしょう?"
"戻れるものなら戻りたい"
誰にも甘えられず、いつまで続くのかと苦しんだ受験でさえ、こうして終わってしまえば遠い昔のようで。大人達の言っている意味が少しだけ解ってしまったりもする。
中庭に辿り着くと、ブレザーどころかシャツのボタンまで開(はだ)けてしまった彼が、丸筒で肩を叩いていた。
「お待たせ。…モテモテじゃない」
そう声を掛けると、容赦ないよねと笑う。
隣に腰掛けると、自然に肩に回された腕に、ホッと息を吐き彼に凭れ掛かった。
「…自由って…不自由なのかな…」
道すがら考えていた事の続きが口をついて出た。
「…自由ってのはなかなか大変だと思うよ。自分の事は全部自分で責任取るって事でしょ?」
彼の言葉が、重く感じた。
ああ、そうか。
あたしは巣立つのが怖いんだ。
「何?びびっちゃってんの?」
あたしを覗き込む彼に、苦笑いで答える。
「うん。…びびってる」
彼が微笑んで空を仰いだ。
「大丈夫だよ。解んなくなったら立ち止まって周りに聞けば良い。それもまた自由だ。」
「……そっかぁ…」
昨日より、少しだけ他人の顔をしている校舎を見上げると、肩に回された腕に引き寄せられた。
「君には俺もいるのですよ。人間ってなかなか一人にはならないもんよ?」
額に押し当てられた柔らかな感触が、じわりとあたしを解していくのだった。
END.