天秤とあたし

□参話
1ページ/3ページ




赤い液体を胸から流し倒れる、私のたった一人のお母さん。



雪にそれが染みて、段々と淡い紅に変わっていく。











わかってた。
こうなる事ぐらい。


わかってた。
それでも私自身がそれを認めようとしなかった事ぐらい。


わかってた。
お母さんが私を、雪菜を、飛影を愛していた事ぐらい。


わかってた。
全部全部!




わかっていた筈なのに…!




私は横たわるお母さんを抱き締めながら泣いた。



『…お母さん、私を愛してくれてありがとう。私のお母さんになってくれて…ありがとう』




まだ微かに息のあるお母さんはそれを聞くと、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。




「――――――…」




『!!』




お母さんは再び瞼を閉じ、微笑みながら逝ってしまった。



冷たくなったお母さんの手を、自分の頬にあてる。





『大好きです…』







私は強くなりたかった。
本当はここで泣くつもりなんかなかっのに…
強くなりたかった。
お母さんを笑って見送れるくらい…






お母さんを雪の上に横たわらせ、泪さんと向かい合う。




泪さんは未だ涙を流しながら、へたりと地面に座っている。







「氷菜さん……」






私のたった一人の親友が居なくなってしまった。



花の様に笑う氷菜さん、頬を紅く染める氷菜さん。


喧嘩して機嫌が悪くなった時、たった一言、


"ごめんね"と謝ると、泣きながら"私の方こそ"、と言って抱きついてくる氷菜さん。





幸せそうな氷菜さんが…
そんな氷菜さんが、私は大好きだった。




今は謝っても、名前を呼んでも、決して返事が返ってくることはない。



もう二度と、氷菜さんが私の名前を呼ぶことは無い。



抱き締めても、もう抱き返してはくれない。





泣き過ぎて、涙が枯れるかもしれない。でも、いっそ枯れてしまえばいいのに。




『…忘れないで下さい』





刹菜ちゃんがいつの間にか私の目の前に立って、私にそう言った。




瞳は涙に濡れて、赤くなっていた。今にも崩れてしまいそうな彼女。




刹菜ちゃんはきっと私を恨んでいるだろう。氷菜さんだってそうに違いない。





私は未だ止まらない涙を拭って俯いた。




『お母さんを、忘れないで下さい』



そう言われて、私は勢いよく顔を上げた。





「忘れるわけありません!」




…でも、私がこんなことを口にしていいのだろうか。






『いいんです』







刹菜ちゃんはまるで私の思っている事がわかる、といったようにそう言ってくれた。





『お母さん、最後に言ってました。泪さんも、皆も悪くないって』





「氷菜さんっ…!」






許して欲しいとは思わない。許してとは言わない。




でも…、なんで氷菜さんはそんな事を言うんですか?
どうしてそんなに心が綺麗なんですか?









私はまだ…
貴方の親友でいてもいいんですか?







「……ありがとう」





止まりかけていた涙がまた溢れだした。





「刹菜ちゃんも…ありがとう」






『…お母さんはすごい人です。……がないまぜんよ』





刹菜ちゃんも我慢していた物が一気に溢れだしたのだろう。最後のほうが濁って聞き取れなかった。


















お母さんが最期に言った言葉が……


今も耳から離れない。













―――――「誰も悪くないよ。
今もこうして笑って逝けるのだから………
それだけで、幸せだったっと思えるから…」






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ