短編

□さよならをとじこめて
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「今日で最後だね」



そう言うと幸村くんはこちらを向いて、小さく、とても小さく頷いた。



「そうだね」



そして、緩やかにそう呟いた。まるで自分に言い聞かせるようにも聞こえたけれど、私はあえてそれを口にしなかった。幸村くんは何も言わない私を見てふわりと笑った。私はというと、たぶん、しょぼくれた顔をしているのだろう。口角が下がっているのが自分でもわかった。



教室はがやがやとにぎやかで、今日で最後だなんて思えないくらい、笑顔で溢れている。友達同士で他愛のない話をして、くすくすと笑って。そんな何気なく過ぎた時間が、今日は風のようにこの教室を通り過ぎていく。窓枠に腰かけて、私はその何気ない光景を眺めていた。



幸村くんは私の近くにある席の椅子を引いて私と向かい合うように腰を下ろした。どちらも何か言葉を発する様子もなく、騒がしいクラスメイトと違って私たち二人だけが違う世界からこの教室を見ているような感覚になった。幸村くんは右手で頬杖をついて、左手につけたリストバンドを静かに眺めている。その顔がとても優しくて、今にも泣きそうで、私はドキリとした。いつもなら見せない表情に思わず顔をそらすと、そんな私に気がついたのか、何さ、と怪訝そうに声をかけてきた。私がなんでもないと短く言うと、幸村くんは顔を歪めた。私はそんなことお構いなしに窓の外に目を向けた。



校庭の桜の花がいっぱいに咲いていた。もう、そんな季節なのだ。



ザァっと春の風が吹いて桜の花を攫って行く。雨みたいにさらさらと舞うピンクに、私はとても泣きたくなった。



「なんて顔してるの?しゃきっとしなよ」



不意にそう声をかけられた。いけない、目の前に幸村くんがいることをすっかり忘れていた。思いにふけりすぎたようだ。幸村くんに視線を向けると、何食わぬ顔で私を見ていた。何なんだと思った。幸村くんだってさっき泣きそうな顔してたくせに。本人に言ってやりたかったけれど、口にした瞬間に何が起こるか予測不可能だったため、その言葉は私の中で泡になって消えて行った。今の幸村くんにさっきの慈しむような表情は消えていて、私は幻を見たかのようにも思えた。消えて言った言葉の代わりに、だってさ、と呟くが、続きが詰まって一向に出てこなかった。言ってしまったら、本当に、泣いてしまいそうだ。



私も、そして幸村くんも。



あの日あの時あの場所で、出逢えた奇跡に、私はありがとうと言いたいです。いつもなら照れくさくて言えない言葉も、今日ならさらりと言えてしまいそうだった。今日という日が来るまで気づけなかったこのことに、もっと早く気がついていればと思うこともあるけれど、やっぱり今日までの日々は変わりなくきらきら光り輝いているのです。目の前には幸村くんがいて、私はそんな彼を静かに見つめている。なんて幸せなことだろうか。…でも、それも今日で最後なのか。



群青色の彼の、緩やかに揺れる髪、ふと香るやさしい花の匂い、風が運んできたのは全部全部、幸村くんとの何気ないことばかりで。目を閉じるとまるで昨日のように思い出せる。



ゆっくりと目を開けると、幸村くんはいつもと同じように目を細めて優しく微笑んでいる。…今日で、サヨナラだ。でも、サヨナラよりも伝えたい言葉が私の中でゆっくりと花開いている。そう、今日なら、どんな言葉だって素直に言える。



「ねえ幸村くん」

「うん?」



幸村くんはやっぱり笑っている。私はつばを飲み込んでその言葉を紡ぎだした。



「…好きです、幸村くんのこと。これからも、ずっと」



そう言った私を見て幸村くんはより一層楽しそうに、嬉しそうに笑って、それは私の言葉をずっと待っていたと言わんばかりで。自意識過剰な奴と思われたかもしれない、けれど、私はそんな幸村くんの笑みに一気に恥ずかしくなって顔が熱くなった。



「明日、どこに行こうか」



今日は、なんて素敵な日なんだろうか。これからもずっと、私は幸村くんにまた明日って、言えるんだね。私はめいいっぱいの笑顔を、彼に返した。





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