短編

□瞬いた君が、
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※この短編は死の要素を含んでいます。苦手な方はご注意ください。











また明日、そう言って交差点を別れた。私は手を振りながら幸せそうに笑ってた。また明日学校で会える、そう思ったから彼の手を放した。けれど、次の日、…丸井君は学校には来なかった。



朝練が終わる時間、同じクラスの仁王くんは思い詰めたような顔をして教室に入ってきた。いつもなら丸井くんと一緒にじゃれながら入ってくる彼は昨日とはまるで別人のように見えた。疑問に思っていると、仁王くんがふと、私に目をやった。仁王くんの眉間には濃く皺が寄っている。そらす意味もなかったので、私はどうしたの?と首をかしげた。仁王くんは口を開こうとしたが、はっとしたように唇を噛み締めた。私は不思議に思いながらも、そうだ、と仁王くんに話しかけた。



「丸井くん今日休みなんだね。珍しい」



サボりかーなんてわざとらしく笑ってやると、いつもなら帰りに丸井ん家に押し掛けるかとかなんとか言いながらニヒルの笑みを浮かべるのに、今日は違うようだ。仁王くんはきんしゃい、と呟いて教室を出ていった。なんだなんだ、あと少しで授業後始まるのに何を考えているんだ彼は。そう思いながらも、私は躊躇うことなく教室を出て仁王くんの後を追いかけた。



着いたのは屋上で、仁王くんはこちらに背を向けてフェンスに項垂れている。空は冬晴れで、仁王くんの銀色の髪がよく映えている。私はそっと近づき、仁王くんの隣に同じようにフェンスにもたれ掛かった。暫し沈黙が続いたけれど、別に苦とは感じなかったので仁王くんが口を開くまで私は黙って待っていた。するといきなり、彼はズビっとは鼻を啜ったのだ。私はぎょっとして、慌てて仁王くんを見やった。



「ど、どうしたの仁王くん?!」



彼の瞳からは大粒の透明な雫が溢れていて、顎のラインを伝って静かに床へと吸い込まれていく。私はこんな時どうしたら良いかなんて知ってるはずもなく、ただあわてふためいきながら仁王くんの背中を擦った。私は何かまずいことを言ってしまったのだろうか…不安になりながらも、どうした?と子供に聞くようにゆっくりと言葉を紡いだ。仁王くんはゆっくりと涙を脱ぐって、真っ直ぐに私を見つめてきた。悲しそうに歪んだ唇がゆっくりと開くと、彼は思わぬことをいい放った。



「……は?なん、て…?」



仁王くんは止まりかけていた涙がまた一気に吹き出ていた。仁王くんはただ首を横に振るばかりで、私はというと、そんな仁王くんを見てまさか…と頭が真っ白になった。



「もう、…あいつは居ないんじゃ」



そう言った仁王くんは嘘を吐いてるとはとてもじゃないけれど思えなかった。丸井くんが、居ない、どこにも。私は呆然と立ちすくんだ。でも、昨日は普通にバイバイしたんだよ?また明日って言っていつもみたいに、笑ってた。そんな電話かかってきてないし、言われなかったから、ただのサボりかと思った。



「丸井の家族が、連絡は次の日って先送りにしたんじゃ。自分等は信じられないって放心しとった…。部内の連中に一番に連絡が来てのう、だから、俺らも朝知ったんじゃ」



涙声でそう言った仁王くんを見て、どこか他人事のように泣いてる、なんて思った。そのあとのことはほとんど覚えていない。どうやって教室に帰ったとか、どんな授業だったとか。でも、いつも赤い髪をしたあいつが居ないのが嫌なほど気になって、クラス全体も曇よりとしていた。前の席の仁王くんはずっと空いた席を眺めていた。それだけは、覚えていた。



気づいたら放課後で、ひっそりとした教室には私だけになっていた。外は燃えるような赤い夕日がぷっかりと浮かんでい。赤に染まった教室に、一人。生ぬるいものが頬を伝って、机の上に水溜まりを作っている。私は事実を知ってからはじめて泣いたようだった。



一度溢れだしたら止まらなくて、私は子供のようにわんわん泣いた。声が枯れても、涙は枯れなかった。夕日の赤が、丸井くんと重なって、胸を締め付けられるようだった。なんで、なんで居ないの?頭の中に居る丸井くんはいつだって笑っていた。太陽みたいに笑う丸井くんが大好きだった。少しナルシストな丸井くんが可愛くて、でも試合をしてる丸井くんは死ぬほどかっこよかった。全部全部、大好きだった。













もうすぐ、夜になる。私はどうしても帰る気にはなれなくて、二人でよく寄り道した公園で暇をもて余していた。空には小さな星がキラキラ光っていて、明日も晴れかな、なんてどうでもいいことを思った。冷たい風が吹いて、涙が渇いた頬を滑っていく。私はブランコに乗りながら小さく揺れた。心に風穴が空いたように、底が見えないくらい深い穴が空いたみたいに私はどうしようもないくらいに今の感情を処理しきれていなかった。



もう、あの笑顔を見ることも、不敵に笑う顔も、怒った顔も、膨れっ面も、全部全部、…無いんだ。また涙が零れそうになって、私はぐっと上を向いた。




「丸井くん……今頃どうしてるんだろう」



どうしてるもなにもないか…。ねぇ丸井くん。私は貴方が大好きだよ。どんなことがあっても、私の中にはいつだって笑ってる君が居る。テニスをしてる丸井くんはキラキラ光ってて、太陽みたいだけど、優しい笑顔は星の輝きみたいに柔らかかった。



「丸井くんは、幸せだったのかな」



私はね、丸井くん。幸せだったよ。君から色々なものをたくさん貰った。ポロリと涙がこぼれ落ちた。その瞬間、キラリと空で星が瞬いた。私はそれを見てまたわんわんと泣いた。まるで丸井くんがウインクしたみたいに見えたから。あの星が丸井くんならいいのに。



願わくば…。空に輝く星みたいに私たちを見守ってくいて下さい。そしたら悲しいときも辛いときも、空を見上げて君を探すから。どれが君かはわからないかもしれないけれど、少しは元気になれる気がするから。




「また、明日ね。丸井くん」



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