NARUTO部屋

□後輩育成作業中
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「おい、なあ」

つん、とコートの端を引かれて、鬼鮫は周囲を見渡した。洞窟を利用した簡素なアジトの一角。ぐるりと周囲を見回し、次いで壁や天井も見上げるが、それらしい人物の姿はどこにもない。
首を傾げていると「おい、なあ、あんた」とまた声がかけられる。下だ。
見下ろせば、膝ほども無い高さに金髪の子供の上半身がにょっきりと生えていた。

「なあ、あんた、その……暇か?」

何やら切羽詰まった表情でそんなことを聞いてくる子供は、確か先日仲間に引き入れた起爆粘土使いのテロリストだったか。記憶を手繰って鬼鮫は内心首を捻る。この子供にこんな親しく声を掛けられるような、友好的な関係になど無かったように思うのだけれど。

「暇だったら、何です?手洗いに付いてきて欲しいのならもっと適任がいると思いますよ」
「そ、そんなんじゃねえよ!」

それにおいらそんなにガキじゃねえ!と目を吊り上げる様が面白い。彼の知る霧の里の子供は、生意気でやんちゃで口の減らない、可愛らしいながらもどこか豪胆な節のある笑顔を浮かべてばかりの子供だったので、からかい甲斐のある子供など久しぶりだ。
子供は苦虫を噛み潰したような表情で、それでも絞り出すようにぼそぼそと話し出す。

「サソリの旦那の、作りかけの傀儡、術の練習で壊しちまって……旦那、めちゃくちゃ怒ってて、今日という今日は絶対に殺す、って……うん……」
「それで私に匿えって言うんです?よくそんな気になりましたね、アナタ」
「そりゃあ、俺だって……」

子供の表情が忌々しげにくしゃりと歪む。初対面でこっぴどくやられた相手の相方なんぞ、常であれば話しかけるのさえ躊躇いたくなるだろう。それがプライドをかなぐり捨ててでもやってくるとは、どうやら彼にとって余程の一大事になっているらしい。
組織で唯一の世話役である相方に見捨てられて、辛うじて顔を知っている者の所へ不承不承逃げ込んできた、という所か。
屈辱の極みといった表情で、それでもコートの裾を握りしめたままの子供を見遣って、鬼鮫は溜息を一つつく。

「――仕方ないですねえ」

ひょい、と地面から子供を引っこ抜いて服や髪に付いた泥を落としてやる。きょとんとする子供ににんまり笑んで、しぃ、と人差し指を立てて見せた。

「サソリさんの頭が冷えるまでですよ。それ以降はアナタ自身で何とかすることですね」
「……!」

子供の顔が一瞬明るくなり、すぐにはっとしたように唇を引き結んだ。取り繕うような仕草に笑みが零れる。
一人前ぶって背伸びをしてしまうが故に情けをかけられても割り切れず、どこかむず痒そうにしている子供の、素直でない様がどうにも面白い。
おたおたと視線を彷徨わせて、漸く何か言いかけた子供の顔が一転ぴくりと引き攣る。
悪ィ!と言い置いて子供は止める間もなく鬼鮫のコートの中へ飛び込んだ。直後にカタカタと人形の関節の鳴る音が近づいてくる。

「鬼鮫、デイダラを見なかったか」

むすりとした声は、腰程の高さの凶相から発された。今日の傀儡は彼お気に入りの……確かヒルコと言うのだったか。以前目にした時より頭髪に僅かながら短くなっている箇所があるように見えるのだが、さては作りかけの人形だけでなくこれも爆発に巻き込んだせいで逆鱗に触れてしまったのか。

「いえ、こちらには来ていないようですが?」
「…………」

白々しい、とサソリが小さく鼻で笑う。自分でも大いに賛同したい。腹にひしとしがみつかれているせいで、鬼鮫のコートの腹部は子供一人分の大きさにあからさまに盛り上がっている。臨月の妊婦でもこんな有様になるはずがない。
追及してくるかと思いきや、気難しい傀儡師は意外にも「そうか」と引き下がる。

「奴を見かけたら伝えとけ。あんな術じゃあ実戦に使えねえ。とことん絞ってやるから覚悟しとけってな」

去り際に傀儡の尾をするりと振ってかけられた言葉は、身を潜めている子供に対するものに違いなく。

足音が聞こえなくなる頃、コートの中で子供が一つこくん、と頷く。頭にあたるだろう場所をぽんと軽く叩いてやれば、むずがるようにもぞもぞと動いた。
もうしばらく置いてやれば自分から帰っていくだろう。気の短い男に生意気な子供の組み合わせは最悪の相性かとも思っていたが、意外に上手くやっているようだ。鬼鮫は僅かに目を細めて、この暇に愛刀の手入れでもしてしまおうかと、子供を抱えてその場にすとんと腰を下ろした。




「――――先輩!鬼鮫せんぱ〜い!!」

唐突に聞こえた声の方を振り仰げば、上空より人影一つ。
咄嗟に受け止めてやれば、悪びれもせずに「ナイスキャッチ!」だなんてケラケラはしゃいでいる。
呆れ顔で見返すこちらに構うことなく、先日やってきた新入りはぽんぽんとコートを叩いて身を正し、ぱっと頭を下げた。

「デイダラ先輩がキレちゃったんでー……ちょっとの間匿ってください!」
「またやったんですかお前は」

懲りませんねえ、と渋面を作ってみせるも平気な様子だ。面で顔は隠れているから、実際どんな表情でいるかは分からないのだけれど。
はあ、と溜息をつく間に次の足音が聞こえ始める。随分ばたばたした音だ。忍びなのだから音を消して走る術も知っているはずなのだが、アジトに戻ると気が緩むのか。

「鬼鮫!トビのヤローがこっち来てねえかい!?」
「さて、知りませんねえ」

ちら、と背後を見遣ればもう姿が無い。この一瞬の隙にまた逃げ出したようだ。とんだトラブルメーカーではあるが、その俊敏さだけは褒めてやっておくべきなのかもしれない。
標的を逃がしたのを悟り、デイダラの表情がみるみる険しくなる。

「あんのヤロー……!!帰ってきたらとことんとっちめてやる!絶対に容赦なんかしてやらねえ!」

おいらの芸術でせいぜい派手に散らせてやるからな!!と威勢よく駆け出していく背を見送って、鬼鮫はふうと息をつく。
暁に入ってから凡そ十年。子供は背が伸び、実戦経験も積み、一人前の幹部として組織の中で動くようになった。
術の腕も上々で、遠距離、近接、設置型、広範囲拡散型と、たった一つの材料で多彩な戦術を仕掛けてくる応用力と頭のキレは十分賞賛に値する。その実験台にされ、直撃狙いで本気で仕掛けられている状況は、ある意味あの後輩をどんなリーチの術でもある程度避けられるように鍛えているようなものなのだが、さて、彼に自覚はあるのかどうか。

(彼なりに、引き継いでいるつもりなんですかね)

今はもう聞こえてこない傀儡の足音を思い返して、鬼鮫はほんの少しだけ、目を細めて薄く笑んだ。

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