NARUTO部屋

□温かい雨の話
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「鬼鮫」

背後から掛けられた声に、呼ばれた男は幾分意外そうに瞠目する。
振り返れば立っていたのは見慣れぬ長髪の男だった。土砂降りの雨の中で顔色一つ変えない様は異様だったが、コートに声、そしてその眼は見慣れた物だ。警戒を解き、にいと笑みかける。対する男は無表情のままだが、元より反応を期待したそれではない。

「おや、リーダー。イタチさんなら向こうで休まれてますが」
「いや、お前に用がある……新術の練習か?」
「ええ」

タン、と最後の印を結んで水の塊を打ち上げ、追って水遁製の鮫を放つ。上空でぶつかり合い水の塊が砕け散るのを確認すると、鬼鮫はざんざんと降る雨の中へ手を伸ばした。掌の上へ落ちてきた雨粒は小さな鮫の姿を象り、その場でくるりと一回転して弾けて失せる。一度分散させられた後も術としての効力を保つ水を雨に見立てて降らせる趣向の物のようだ。

「試しに作ってみたはいいんですがね。印も面倒で最終的な威力もそう無い、遊び程度でしか使えない品ですよ。敵を前にして悠長に待ってくれるような忍びがいてくれるのでしたら話は別ですが」

札遊びから取って『あめしこう』なんてどうでしょうか、などとクツクツ笑って言うあたり、本当に敵に向かって使うつもりは無いらしい。開発途中の新術の手の内を語るなど、忍にとって本来は御法度である。

「それで、アナタ自ら出てらっしゃるなんてどうしたんです?珍しいですねぇ。この雨もそのせいなんでしょう?」
「……茶化すな」

にんまりと笑って言われ、男はぱちりと一度瞬きするとこほんと咳をした。一瞬とはいえ用件を失念していたものらしい。

「――鬼鮫、さっきの事だが、」
「ゾンビコンビの件ですか?本当に何をどうやったら奴等が死ぬんでしょうねえ。手段が分かっていたなら一度くらい試してみたかったものですが」

放たれた言葉に長髪の男の眉が僅かに動くのを認めて、鬼鮫の笑みが深まる。
普段ならば渡らない危険な橋だが、どうにも気分が荒んでいる。
この男も首領本人ではなく彼の手駒の一つに過ぎないのだろうが、ちょっとした遊び相手になってもらうのに不足は無いだろう。発散には格好の敵手だと、身の内が沸き立つのが抑えられない。
いつでも背の大刀に手を掛けられるようにと嬉々として身構える鬼鮫を、男はじっと睨めつけ、口を開いた。


「……さっきも言ったが、仲間にそんな言い方をするんじゃない」

一段低くなった声音に滲むのは殺気ではなく純粋な怒り。

思い掛けない物でも受けたような顔で鬼鮫はことりと首を傾げる。印を組む様子も無ければチャクラも練らず、瞳術の発動さえせず、表情だけは常より厳しいままで男はそこに立っている。

「どんな経緯でここにいる者であれ、この組織に入った以上はみな同志だ。例え里から追われた重罪人であろうと、一つの目的を為すために集まり行動している仲間だ。なのにお前は…」

もしかして。
叱られているのか、自分は。
死んだ連中のことで。自分で手にかけた訳でもない、死んだ仲間のことで。
彼らを、思えと。

「…………」
「……鬼鮫?」
「はい?」
「お前どうして笑ってるんだ」

はたと気が付いて己の口元に手をやれば、確かに緩い弧を描いている。笑っている。笑っていた。自分は、今。
自覚してしまうと余計に込み上げてきて、くつくつと喉が鳴りだす。ああ、そんな場合ではないのだ。けれど。訝しむように覗き込んでくる相手が猶の事おかしくて、堪え切れずに鬼鮫は吹き出した。

「いきなりどうしたんだ、聞いていたのか?」
「……いえ、アナタは、そんな理由で私を叱るんですねぇ」


「――ッ!そんな理由とは何だ、俺は真剣に」
「ああ、すみません。馬鹿にしてる訳じゃないんですがね」

男は一瞬ぽかんとして、次いで滅多に無い程に表情を変えた。どうやら侮辱と取られたものらしい。これは本気で殺されるかもしれないと背筋が冷えたが、それでもこのおかしさが収まる気配が無い。

「……そうは聞こえないぞ」

むっすりとした顔で言う首領は、何故笑うのか、きっと気が付いていないのだろう。組織の幹部たちにさえ名も素性も明かさない得体の知れない男だというのに、酷く眩しいものに思われた。

「本当ですよ。ただ、どう言ったらいいのか分からないんですが……」

仲間を思えだなんて、私に。死んでいった仲間を悼めだなんて。私に。
同属殺しを延々と続けてきたろくでなしに、それしか命じられることのなかった凶漢に、この道を外れた犯罪者共を纏める首領は、そんな真っ当なことを求めて叱るのか。

「私は今、あの里の外にいるんだと思いましてね」

この組織は、この男は、私にあんなことを求めやしないのだと。
それだけのことがただ酷くおかしかった。

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