NARUTO部屋

□見ている者の話
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背中にドン、と衝撃ひとつ。
それを受けた男はきょとんと一つ瞬きした後、はあ、と息を吐く。
以前ならきっとクナイか手裏剣か、捨て身の一刺しか、などと考えた所だが、残念なことにそれではないのを、自分はよく知っている。
本当に残念です、と心の底から憂いて、鬼鮫は漸く背後の人物に目を向けた。

「わあー怖い顔。何か嫌な事でもありました?鬼鮫先輩?」
「強いて言うなら今がそうですねえ」

またまたー!などとケラケラ笑いながら、背中に飛び付いてべたべたと絡んでくる不審な面の人間という、端から見れば面妖な光景にさえ、慣れてしまったのが運の尽きか。
お調子者の新入りは、何が気に入ったのか今日もまた、自分の近くをうろちょろしている。

いい加減面倒になって、追いやったりしなくなったのが悪いのか。確かに少しばかり面白みは感じてはいるものの、やはり頑なに突っぱねるべきだったのか。
生来強面故に、しつこく懐いてくる輩とは早々縁が無かったが、これは相方を見習って完全に無視を決め込むのが正解だったろうかと、何度目かの溜息を胸中でつく。

「鬼鮫先輩、最近僕が近寄ってもあんまり乱暴に振り払ったりとかしませんよね?僕のこと結構好きだったりするんでしょ?そうなんでしょ?」
「はいはいそういう事にしておいてあげますから」

だからとっとと何処かへ行きなさいと、鬱陶しさも露わに雑に撫でてやれば、ざっくり切られた短めの頭髪からぽすぽすと気の抜ける音がする。どこまで気の抜けた生き物なのか、こいつは。
新入りは意外だったのか避けもせず固まったきり、何やら神妙な様子で撫でられている。柄にも無い事を、と思ってでもいるのだろうか。

「……鬼鮫先輩の手、あったかいですね」
「いきなり何です。気持ちの悪い」

妙に感慨深げに言うものだから、思いきり渋面が表に出た。
嫌悪感を露わにするこちらには構いもせず、面の新入りはもぞもぞと、負ぶさるような形でこちらの背に登り、真似事でもするように固めた頭髪をぽんぽん撫でてくる。
仮にもそれなりの年の男性だろうに、何をやってるんですかこの馬鹿は。

「お礼に僕も撫でてあげちゃいますね。鬼鮫先輩いい子〜凄くいい子〜」
「馬鹿にしたいんですか、よしなさい邪魔です、」


「…いーっぱい頑張ってますよね。無茶振りみたいな任務も沢山あるし、ほら、素性もよく分かんない人の下なのに、よくやってってるよなーって思うんですよね。先輩えらーい。凄くえらーい」


素性も知れない、誰か?


思わせぶりな言葉にギクリと背が冷える。
大方リーダーの事だろうと思い込もうとするも、脳裏に浮かぶ、その人物の姿を振り払う。キリ、と小さく牙を噛んだ事を勘付かれてはいないだろうか。
ずっと前から馴染んだ相手に触れられているような錯覚に落ちていたのに気付き、ふるりと首を振る。馬鹿馬鹿しい。こいつは、何を。

何を、知ったような口を。


「……お前が、私の何を知っているって言うんです?」

言葉ばかりは静かに。
ギロリと、渾身の殺気を込めた視線を向けられて、それは無言で手を止め、息を詰め。


「……ですよねー!ボク先輩と会ったのなんてほんのこないだですもんねー!差し出がましかったっすよねー!」

アハハハハ!なんて馬鹿笑いを振りまいて、ぴゃっと飛び退った後輩は、やーもうボクったら!やっちゃったー!などと、ふざけたことをペラペラ口にしながら、すっかり普段の空気で落ち着きなく動き回っている。

やはり先刻の既視感は勘違いか、気の迷いか。
これを一瞬でも本気で警戒していた自分が、馬鹿馬鹿しく思えてくる。

「全く…私はもう行きますよ。お前もさっさと支度を済ませなさい。あまり時間をかけると、デイダラがまた爆発しますよ」
「はーい!」

返事だけは良いんですから。
どうせまた彼を怒らせて、アジト中逃げ回る羽目になるんでしょうに。

巻き込まれさえしなければ愉快なばかりのそれを思い起こして笑いかけ、その後の補修の面倒くささも思い出し、一転、ふうと重い溜息に変えて吐き出して、鬼鮫はふいとその場を後にする。



そして、それを見送る、人影ひとつ。



「……知っているとも」

お前がどれ程の任務をこなしてきたのかも。どれ程自分に、この世界に絶望しているのかも。
素性も知らない俺の下でどれだけ働いてくれたかも。今こうして里を離れてもなお、俺の大それた計画のために、どれ程尽力してくれているのかも。

俺が知らずして、誰が知っていようか。
俺だけが知るべきものを、誰に知らせてやるものか。


「鬼鮫先輩は本当、頑張り屋さんですよね」


仮面の下の眼を、にい、と細めて。
男は心底愛おしげに、クスリとひとつ、笑みを零した。

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