NARUTO部屋

□春の海の二人
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さぷ、さぷ、と波を蹴って歩く、その背中をただ見ていた。
まだ日も登らない、人気のない白い浜辺に、二人分の足跡が点々と残る。

昨夜選んだ宿は、海沿いの村にある小さく古めかしい物だった。
海風に曝された柱や壁の傷んだ様が、かえって風情を醸し出しているようで、追われる身の宿としては上々だと、内心薄く笑む。
買い込んだ物で簡単な食事をして、窓の外も見ず、床に就いた。

明日の朝、出立前に海を見に行きませんか、と。
そんな突拍子も無い事を鬼鮫が言い出したのは、風の音ばかりが響く、暗い夜更けのことだった。


暦の上では春とはいえど、海辺の風はまだ冷たい。
波打ち際から離れて見ている俺を他所に、相方の男は楽しげに、寄せては返す波の中に裸足の足を浸している。
風邪をひくぞと釘を刺したい所だが、真冬でも水牢に篭れる此奴には余計な世話だ。楽しげに水を蹴って、海に沿って歩いていく姿を、目で追った。

もう少ししたら海の水も温かくなって、貴方でも足を浸せる季節が来るのだと、珍しく穏やかな、何処か悪戯っぽい笑みで言っていた。渚を踊る水の色の足を何をするでもなく見つめて、迎えられるかも分からない次の季節の風景に、少しだけ思いを馳せる。

振り返れば、砂浜に俺と相方の足跡がある。辿った先には、立ち止まったままの俺と、そのまま海へと入って消えた、彼奴の足跡がある。
波の中を随分と歩いていったものか、今彼奴のいる場所まで、辿れる足跡は無い。

水音が聞こえる。波の音が聞こえる。
水平線に朝日が射して、薄い灰の色だった空が、海が、浜が、青白く染められる。
いつの間にか膝ほどまで海に浸かった鬼鮫が、その中にいる。
暗い色の海と、淡い青の空の間で、朝日に染められた相方の背が、一瞬、輪郭を失った。

(泡沫になってしまう)

気付けば爪先は冷たい水に浸かり、驚いた様子の鬼鮫が此方の背を支えていた。
何故貴方まで、どうして、と問う相方の肩は透けてはいない。指先も、濡れてはいるが、泡になって崩れてなどいない。
朝日は水平線を離れ、もう眼を焼く程ではない。膝まで海に浸かっていた相方も、随分浅い所まで戻ってきている。
波打ち際に二つ、時折かき消されながらも、並んだ足跡が、ある。

訝しがる鬼鮫の腕を引いて、浜辺へと戻る。横目に振り返れば、朝の淡い光を受けて輝く、空の青と海の青が見えた。

(溶けてしまうかと、思った)

誰が、どうして、お前たちになどやるものか。水の温む季節が来ようが、一人で足を浸しに来るような、酔狂な趣味は俺には無い。

「どうしたんです?いきなり」
「あんな所にいつまでもいるからだ」
「アナタが足を浸けたら、冷えてしまいますよ」
「そうだな。酷く冷たかった」

だから、温かくなった時に、またお前が連れてくるといい。
それまでは、放してやるつもりはない。他の何かにやるつもりなど、微塵もない。

腕を引かれたままの鬼鮫が、くすくすと笑うのが分かった。

「…仕方のない人ですねえ」

貴方の頼みなんて珍しい物、きかない訳にはいきませんし、と。
眉尻を下げる相方の手を引いて、青色から引き離すように、砂を踏んで進んでいく。
波音は遠い。握った手は少し冷えていたが、微かな脈拍と確かな肌の感触を伝えてくる。

いつか手放す時が来るだろうが、それまでは何にも連れ去らせはしない。
死にいく者としては身勝手な振舞いだとしても、譲る気は無かった。


浜辺には、海から抜け出した二人分の足跡が、くっきりと残っていた。

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