NARUTO部屋

□見そびれた話
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「また首を刎ねられたんですか」

きろりと朱鷺色と翡翠色の、二対の目が向けられる。
常人と比べても一見取り立てて異質な物の見られない、銀髪の青年の首にはぐるりと一周、真一文字の傷跡が走っている。明らかに致命傷だったろう異様な傷口を繕う男の手付きは、よくあることだと言わんばかりの手慣れた淡々としたものだった。
任務から帰ってすぐなのか、落としきれなかった血が匂う。殺した相手の血もあるが、この青年が流した血の方がよく残っているようだ。生々しい傷口から漂う鼻を擽る臭気に、笑みが深まる。酒や薬に酔うより、こちらの方が余程快い。

「何だよ、そうじろじろ見たって面白いもんじゃねーぞ」
「いえ、面白いですよ?こんなになっても生きているのに支障は無いだなんて」
「飛段、」
「……おー」

こういう時のこいつに関わると碌なことがない、とばかりに渋面を向けられる。
死なない体と分かっていても、傷口をまじまじと見られては、誰しも気持ちがいいものではないのだろう。自分の心臓を突き刺して快感だと述べるような青年でも、それとこれとは別物のようだ。
あまり喋るなと彼の相方の目が言っている。分かってる、と返しながらも、逆撫でされた青年の気がざわつくのを感じ取り、鬼鮫の目がきろりと楽しげに光る。

「残念ですねえ、首が飛んでも死なないなんて。不死を誇った人間が死ぬ所なんて相当面白い有様でしょうに」
「んだと……!?」

彼の相方がぴくりと表情を強張らせ、同時に飛段の目の色が変わった。このくらい霧では挨拶代わりのような物だったが、青年の育った里では違うのだろうか。

「もし死ぬことになったら、教えてくださいね。出来たらその場に立ち会いたいですから。信仰だか禁術だか何だか知りませんが、死から逃れ続けた果ての死に様なんて、どんなものになるやら」
「――てめえ!」

相方を庇うように向き直って睨めつける青年の形相に、得たりとばかりに鬼鮫の笑みが深まる。彼より年嵩で実力も上回る相方を、青年が庇う必要など、本来無いだろうに。


(……食い付きましたかね)

――今一時の味方であれど、心構えも観察も怠ってはならない。明日、殺せと言われても彼らの息の根を止めることが出来るように。
この世も、私も、未だ偽りに満ちている。この仲間たちさえ殺してしまえと命じられないとは限らない。

(……とはいえ、殺せる手段が見つからないから、困っているのですけど)


「ほう、」

飛段の背後で角都が声を上げた。
内心舌打ちする。気難しい上に気も短く、組織の人間とさえも好いて関わろうとする男ではないが、こちらは直情な青年と違って、老獪で食えない向きがある。口を滑らせてくれるどころか、所作や表情からの見極めさえ難しい。
難航を悟ってじとりと見返す鬼鮫に、男はふんと鼻で笑って返す。
目配せされた青年が、渋々といった体で引き下がる。代わってずいと距離を詰めてきた男から、鬼鮫は僅かに身を引いた。
この男の体からは、死臭がする。並みの鼻で嗅ぎ分けられる類のものではなく、もっと本能的なものだ。絡め取られるような死の臭いは蠱惑的でさえあり、同時に生物なら皆後も見ず逃げ出したくなるような、薄ら寒い代物だった。

「お前の時代、お前の里ではどうだったかは知らないが、聞いたことぐらいはあるだろう。忍の真価は死に様で決まると」

顔を顰める鬼鮫の目に、かち、と緑瞳が合わさる。底光りのする異形の眼にぴくりとたじろぐと、クスクスと笑われた。

「忍にとって死とは、一生のどの出来事をも上回る、一個の生の集大成だ。どんな善人でも悪人でも、死の瞬間にはそいつの有り方全てが曝される。それに是が非でも立ち会いたいだなど」

その忍の生の全てを見届けたいと言うも同じこと。

絶句する鬼鮫の襟首に、角都の手が伸びる。掴んだ勢いのままにぐいと引き寄せられて、至近距離から深い淵にも似た眼に覗き込まれ、息を飲む。間近に迫る男の口元は、覆面に覆われていても分かるほど、にい、と吊り上っていた。

「随分、熱烈だな?」

三日月型に細まったその目には、ぞっとするような色香があった。




降りやまぬ雨を仰いで、息をつく。相方である黒髪の青年は、再度木陰に腰を下ろしていた。
この雨の中を歩くには厳しいだろう。もう少し雨宿りは続きそうだ。少しその場を離れて、周囲の警戒にかかる。
妙に騒がしい集まりだったが、有益な情報は多く得た。四尾は拘束が済み、九尾は未だ手出し出来ず、となれば次にすべきはこちらへ向かってくる者達への対策だろう。するりと思考が切り替わるのを感じながら、先程の首領の言葉を思い出す。忍として当然の思考回路だとは思うものの、こういう所が不人情なのだと、彼なら眉を顰めるのだろうか。

(死に目に会えなくて悲しかったとでも言えたのなら、誰も咎めたてなどしないのでしょうけど)

生憎、自分はそんな直刃のようには出来ていないので。

銀髪の青年のけらけらと笑う横顔を、睨みつけてきた薄い朱の目を。覆面の男の気難しげな渋面を、細まる翡翠の目を、ただ脳裏に描く。
感慨は湧かない。湧くように訓練されていない。湧いたところで、一度は彼らを殺そうと考えた者のそれが、真実の物であるはずがない。自嘲して、面影を振り払った。
ただの興味だったのか、彼の皮肉ったように何らかの情であったのか。
今更確かめようにも、私には不具が多すぎた。

「残念ですよ」

貴方達の死に立ち会えなくて。
貴方達の歪な生の終わりを見届けることが出来なくて。

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