真夜中のこども文庫
□第1夜
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【第1夜】
そこは決して広くはない洋間。厚手のカーテンに覆われた、北向の窓のある壁と扉以外は、大人の背丈ほどの本棚に囲まれている。
本棚の中には、子供のうちに読んでおきたい本が、お行儀よく並んでいる。
窓の下には腰の高さほどの本棚がしつらえてあり、たくさんの絵本が収めてある。
小さな明かりの下、1人の女性が本の修繕をしている。
彼女はあなたに気付き、顔を上げ、メカネを外すとまじまじと見つめた。
…あら、こんばんは。
10年ぶり?もっと?
こんなに大きくなって…
でも、ここに戻ってきたということは、まだ子供の心をなくしていないってことね。
お帰りなさい。
真夜中の「こども文庫」へようこそ。
どれも懐かしい本ばかりでしょう?
絵本も児童書もあの頃のまま。
まあ、少しは増えているけど、そうたくさんはないわ。
ここは「キャラクターグッズを売るための本」は置いてないって、一番最初にお話したはずよ?
ええ。小学4年の時よ。覚えているならよろしい。
そう、こんなに小さな本だったの。
ビアトリクス・ポター 作・絵 「ピーターラビットのおはなし」
野うさぎのピーターが、お百姓のマグレガーさんの畑に忍び込んで、こっそり野菜を食べたのを見つかって追い回される話。
あれほどお母さんにマグレガーさんの畑には行ってはいけないって言われていたのにねぇ…
野うさぎだから仕方がないですって?
…あなた。
「ピーターラビットのお話」の最初の方でお母さんが言っていたことをお忘れになって?
ほら、ここ。 6ページ。
脅しなんかじゃありません。
この一家とマグレガーさんの戦いは、親子3代に渡って繰り広げられているのですから。
ピーターのお父さん、ピーター、ピーターの妹のフロプシーの子供たち。いとこのベンジャミンもいたから一族ね。
マグレガーさんに捕まりそうになったり、マグレガーさんちの猫に捕まりそうになったり、反対にやり返したり。
うさぎ達がマグレガーさんの畑のものを食べる。
マグレガーさん達がうさぎ達を食べようとする。
いつまで続くのかしらねぇ。
こんな可愛い絵なのに、根底には喰うか喰われるかの物語があるの。
子供の本なのにそんなことがあるかって?
誰だって、生きる為には食べる。
あなたもそうでしょ?
それを証拠にほら、この本。
「THE TALE OF PETER RABBIT」
英語版よ。
「ちょっとスイスへ」行ってしまう方からのお土産なんですけどね。
厚いでしょ?
英国版は「THE END」まで70ページ
ちなみに、日本語訳:いしい ももこ 福音館書店から出版されている日本語版は55ページ。
この15ページの差はね、挿し絵の数。
英語版には、日本語版には無い挿し絵が幾つか載せられているの。
日本語版に載っていない挿し絵の1つがこの絵。
ほら、みんななんて幸せそうな顔をしているんでしょう!
“Your Father had an accident there;he was put in a pie by Mrs.McGregor.
これが全てを物語っていると思わないかしら?
読んでみたい?
ほら、あそこ。
あなたのお気に入りだった隅っこが空いていますよ。
参考書籍)
ピーターラビットの絵本/福音館書店
第1集
1 ピーターラビットのおはなし
2 ベンジャミンバニーのおはなし
3 フロプシーのこどもたち
…おまえたちの おとうさんは、あそこで じこにあって、マグレガーさんのおくさんに にくのパイにされてしまったんです
(いしい ももこ訳)
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