inクズカゴ。

□白と黒と彼女の同化
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自分が持てる出来る限りの愛で彼女を包み込み、守り、精一杯で愛してやりたいと思うのが、人々の言う「白」の方の自分であるならば、
反面、愛して止まないからこそ、自分の体内に彼女を捕り込みたい、飲み込んで、ドロドロに溶かし、自らの身体と融合させ血肉とし永遠に共に居たいと望む、強烈的で暴力的な思考を奥底に眠らせているのが「黒」の方だ。
白と黒、それぞれの意識は独立していて、自分は所謂、一つの身体の中に二つの人格を持つ「二重人格者」と似たようなものであるが、彼らとの異なる点は、二つの人格は代わる代わるではなく同時に表に出てきて、まるでそれぞれが別々の人間であるかのように意識を持ち、互いの存在を自覚しながら一つの身体の中でせめぎ合っている、というところだった。
行動も違えば、口調も、趣味嗜好も違う、ただ一つの身体を共有しているというだけで、中身は全く異なった二人の人間である自分たちが、唯一分け合った感情。
二人同時に、彼女の存在を愛しいと感じてしまったのは、幸か、不幸か。

例えば、小さな身体に大きすぎるほどの悲しみを抱いて、はらはらと静かに涙する彼女を視界に収めたときに、
優しく抱擁し、どんな術を使ってでもその涙を止め、一瞬でも良いから華が咲くような笑顔を見せて欲しいと、拙くも純粋に彼女の幸せを望むのが「白」で、
もっとその絞り出すような涙が見たいと、強い感情に打ちひしがれて疲弊し切った、表情の無い顔に性的な興奮を覚えて捕食願望を必死に抑えているのが「黒」だ。
彼女とはせいぜい手を繋ぎ合う程度が精一杯で、繋ぎ合った部分の皮膚が疼くような熱を持って、そこに心臓があるかのように鼓動して止まないのを堪えているのが「白」で、
手を繋ぐだけではとても満たされない。もっと深く、骨の髄まで、彼女に侵食し彼女を自分という存在で満たしてやりたいと望み熱い息を吐いているのが「黒」だ。
相反する気持ちのまま、それでも唯一つ共通しているのは、白と黒、それぞれの「ゼツ」はそれぞれ彼女を愛して愛して愛して愛しきれない。身体は一つなのに感情だけは二人分、その分愛しさも二倍になって胸を叩く。
それでも、それも自分が我慢をすれば収まるものだと思っていた。
彼女の前で主に出るのは「白」の方で、「黒」の方は舌なめずりをしながら、いつか必ず望みを果たしてやると息を荒くしている。
彼女は「白」しか知らない。彼女の中では「ゼツ」という存在は、優しく穏やかで、奥手で照れ屋で柔らかい口調で不器用に愛の言葉を囁く、純粋で真っ直ぐな愛の持ち主であるのだ。
故に、隙がある。女としての隙。自分が必要以上に気を張らなくとも、この男ならば自分を辱めたり、無理矢理に掻き抱いたりはしないという安心。信用。
彼女は、まるで生まれたての赤子のように無垢で純粋だ。よく人を見る。外面に惑わされず真摯に真っ直ぐな目で、自分のこの、異形の外面を透かすようにして人の内面を見極める。
彼女は戸惑ったりしない。二色に分断された肌の色も、身体を囲う生きた植物も、彼女を怯えさせ遠ざける因子にはならない。好奇心旺盛な瞳で見返してくる姿が、あるだけだ。その無邪気さが「黒」を煽るとも知らずに。



「食ラッテシマエ」黒が囁いた。

「腹立タシイダロウ?本当の自分ハ、彼女ガ思ウヨウナモノデハナイノニ」
「やめてくれ」と白は頭を振る。
「これでいいのだ。彼女は何も知らないままでいい。優しいゼツだけを夢見させていればそれでいい。この身の中に眠る黒など、見ないままで良い」
「バカナコトヲ。真意ハ違ウダロウ?内カラ湧キ上ガル欲望ヲ堪エルノモモウ限界ナノダロウ?本当ハ今スグニデモ食ライ尽クシタクテタマラナイダロウ?骨ノ髄マデシャブリツクシテ、蹂躙シテ、心臓ヲ」
「やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、そんなことを望んではいない。彼女の笑顔さえあればそれで良い」
「ソレハドウカナ?結局俺モ、オマエモ、身体ヲ分ケ合ッテイルコトニ変ワリハ無インダ。俺ガソノ気ニナレバ、オマエノ蟻ニモ満タナイヨウナ理性ナドスグニブチ壊シテ、」
「違う、理性などでは。心からの、本心だ」
「セイゼイ、言ッテロ。ドンナニ俺ヲ否定シタッテ、オマエハ結局俺ト同ジナンダ」

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

疲弊し切って、それでも彼女の姿を探す。
こんな泥にまみれた欲など打ち消してやる。彼女は唯一人の、尊い存在。かけがえのない、宝物。決して失いたくない。この手で守り、いつでも幸せな笑顔を見ていたい。ああ、だから、







「それでね、その時………………」



ようやく、彼女を見つけた。視界に収めることが出来た。ああ、安定を得たと思ったのに。
彼女が、自分以外の誰かと、あまりに幸福そうな微笑を浮かべて楽しげに、親しげに会話しているものだから。
こちらの姿になど気付きもせず、純粋な目が真っ直ぐに、他の誰かに向けられていたから。曇りの無い瞳で他の誰かのことも同じように、信頼しきって、安心しているから。
そこで自分の箍が外れた。黒の自分が、白の自分を食らった。ドロドロに欲望が混ざり合ったような「黒」が持つ意志が、「白」を、彼女の純粋を、塗り潰した。







自分を囲う植物が、自分の思考を反映したように独りでに伸び、彼女と親しげに向かい合って話していた男へ巻き付いた。男が、いかにも間の抜けた悲鳴を上げて植物から逃れようとしたので、そのまま体幹に植物を巻き付けたまま男の身体を持ち上げ、自分の方へと引き寄せた。まずはこの、彼女を穢す害虫を駆除するべきである。
何だ、こいつ、離せ、と悪態を付いては喚く男に構わずに、大きく開口したまま、植物が男を運んでくるのを待った。男の方も五月蝿く暴れ回るので一苦労である。なので頚動脈を締めてやると、途端に言葉を切り、手足を痙攣させ泡を吹きながら死んだ。
ダラン、と手足を力無く落とした男の死体をゆっくり口元へと運び、まだ生温かい皮膚に歯を突き立てた。尖った犬歯が皮膚を、プツリと突き破る感覚と共に、鉄を舐めたような錆臭さが口内に広がった。歯でつまんだ脂肪と筋肉を、皮ごと身体から引き剥がしてゆっくり咀嚼した。皮膚がぷるぷると舌を押し返す感触。
嗚呼、不味い。求めているのはこんな味じゃない。やはり心が穢れきっているから、その不純さが表れている。

こんなものを飲み込んでしまえば舌がおかしくなってしまう、と、咀嚼してすり潰された男の肉片を地面に吐き出すと、白と黒のそれぞれの両目が彼女をしかと捉えた。
男が首を締められ、泡を吹いて死亡し、皮膚を噛み千切られ咀嚼され吐き出される。その一連の流れを見つめていた彼女は、放心したように虚ろな瞳で失禁していた。

嗚呼、何て麗しい姿なのだろう。嗚呼、噛み千切りたい。バラバラにして、その骨も、内臓も、全て飲み込んで、体内へ収めて、そのまま自らの糧にして……




植物がいよいよ彼女へと伸びるのを見ながら、あまりにも心が弾むのを自覚して思わず鼻歌が漏れた。
体幹を捕らえると、彼女が唯一自由に動く足をバタつかせ、やはり何事かとしきりに騒ぐものだから、まず、足を折った。植物が彼女を捕食する。肉食動物が獲物の首に噛み付き気道を閉めて弱らせるのと同じように、彼女にも類似した痛みを与え、抵抗され逃げ出されてしまわないよう、強い刺激を与えて恐怖という感情で支配しようとする。
喉を閉めたヒステリックな悲鳴を上げた後、痛みとショックで彼女はヒンヒンと喉を鳴らしながら、まるで電気でも通されているかのような不自然な震え方をしていた。先ほどの男とは比べ物になりもしない。あまりに甘美な痙攣に舌なめずりを抑えられずに、彼女の身体もまた中心へと引き寄せた。
口を開いて待っていると、そこから意図せずに熱い吐息が漏れ、唾液が両端からツウと顎を伝い垂れた。目の前で餌をおあずけされた惨めな犬のように、彼女がこちらへと運ばれるのをひたすらに待ち続ける。時間に換算すればほんの数秒にも満たない間でも、あまりに待ち遠しすぎて気が触れてしまいそうだった。
彼女が、こちらへと辿り着いた。足を折られた際の貧血で顔面蒼白になりながら、弱りきった瞳でこちらをしかと見据えていた。肉食動物に捕食される寸前の、獲物の顔。媚びて、どうにかして助かる術は無いかと思考を巡らせる半面、ああ、やはりどうにもならないのだという絶望を隠し切れない表情。
「ゼツ………………」
青紫色に変色した唇がうっすらと動いた。
「どうして…………?」
どうして、など。こちらが知りたい。

やはり好きなものは最後まで取って置くべきだろう、と考え、まずは折れてあらぬ方向を向いた足から取り掛かることに決めた。丸呑みすることも可能なのだが、滅多に食すことの出来ないくらい価値のあるものは、焦らず味わうべきだと理性が働いたのだ。
膝関節の上側を片手で押さえ、もう片方の手で足首を持ち両端へ引くと呆気無く足が外れた。
彼女の可憐な、鈴の鳴るようだった声は最早欠片も無く、濁った悲鳴はまるで老婆のもののようだった。それすら、この高揚した気分の前では女神の囁きのような尊いものに聞こえてしまう。
取り外した足を、指先側からゆっくりと、舐るようにして口内へと収めていく。ひとしきり舌で皮膚の味を感じた後は、先ほどと同じように、歯をぷすりと突き立てて肉を味わった。
じわり、と彼女がいっぱいに広がった瞬間、高揚し尽くした心が、風船のように弾けてそのまま射精した。自分が勃起していたことに、その時ようやく気が付いた。
何て美味なのだろう。こんな現実が世界に存在していて良いのかと疑ってしまうほどに、彼女はあまりにも美しく、やはり綺麗だった。その穢れの無い心が味に表れる。だから、こんなにも。
嗚呼、こんな味を知ってしまっては。今更もう日常に戻ることは不可能ではないか。こんな感覚を知ってしまっては、もうまともに生きることすら困難になってしまうではないか。
片足を味わい尽くすと、残っていたもう片方の足を今度は下品に、しっかりと歯を突き立てて咀嚼し飲み込んだ後、次は腕をもいでやはり同じように、舌で皮膚を味わい尽くしてから噛み砕き飲み込んだ。砕かれた骨が口内のあちこちに刺さり出血させる、その痛みが愛おしい。
関節部分をコロコロと、飴のように口内で転がしながら、手足を無くしダルマのようになった彼女を見てそっと微笑んだ。心の底から、慈しみが沸いた。
彼女はもう呼吸をしていなかった。虚ろなままの瞳が見開かれたまま宙を見据えていた。

腰、乳房、肩、首筋とひとつひとつの部位を腹の中に収めていく毎に、彼女は小さくなっていき、代わりに、胸を焦がす興奮は止まらずにさらに二度ほど射精した。
彼女の香りが、味が、辺り一面に充満していてまるで抱きすくめられているような心地良さだった。自分の体内のみならず周辺までもを彼女に侵され、思考も視界も彼女一色に染められる。これが、自分の望んだ世界。光景。
いよいよ、頭部だけになった彼女の唇にそっとキスを落としながら、まずは指を眼球に突き立てて、にゅる、とほじくるように抉った。雑に扱うと簡単に破裂させてしまうので慎重に、蟻をつまむほどの優しい力で手のひらにコロンと乗せた。
水分で、光を反射しきらきらと輝く眼球を、二ついっぺんに口に入れ、歯は突き立てずに、舌と口腔の上部で押し潰した。
ぷちんと音がして、中からすえたような臭いのする液体が溢れ出した。魚卵を食す感覚にも似ているが、それより何倍も美味である。
続いて、両手でこめかみを挟み込んでぎりぎりと器用にひねる。綺麗に均等に上が外れて、濁った白色をした脳が姿を現した。ひとつひとつ深く皺の刻まれた、見ただけで弾力が分かりそうなそれに、ゾクゾクとした興奮が背筋を駆け抜けた。
やはり潰してしまわないように慎重に、脳の部分だけをそっと取り出すと、中身を失って空っぽになった頭部をバリバリと下品な音を立てて咀嚼した。眼球を失った窪みだけがこちらを覗いていた。
人間の心理として、やはり好きなものは最後に取って置く思考が最も一般的なのだそうだ。自分が一般的かどうかはさておき、やはり締め括りにふさわしい部位というものはある。
これが、彼女の中枢。彼女を支配し感情を操り、自分への想いも希望も展望も全てを中に詰め込んだ、彼女の集大成。
所詮心の臓などは、この、脳からの指令を受けて拍動を続けているだけに過ぎない。本当の彼女の心髄は、そう、この部分にある。
嗚呼、この部分を食して初めて完全に、自分は彼女と同化したと言えるのだ。抱え込んだ過去も感情も記憶も全てを自らのものとしよう。全てを余すことなく体内に取り込み、彼女は一生離れることもなく、自分の中で生き続けるのだ。



念願、叶ったり、と心の底からの笑いが込み上げてきて、空に向けて高笑いをした。
笑いながら、泣いた。「白」とされる左半身だけが鋭い痛みを内包し、左目だけがボロボロと止めようのない涙を溢れさせていた。
今涙を流しているのは。心がバラバラになりそうな痛みを抱えているのは。
反対に、駆け抜ける快感に酔いしれたまま四度目の射精をするのは。
何が「白」でどこまでが「黒」なのか、最早ドロドロに絡み合っていて分からない。「白」と「黒」の分別すら既に消えていて、ただ「ゼツ」という一つの存在が、彼女と同化した喜びと共に彼女を失った悲しみを感じているのかもしれないと、ぐるぐると巡って戻らない思考でぼんやり考えた。

やった、やったぞ、ついに彼女を!と吠える自分の声が、片言ではなくあまりにも流暢だったことに気が付いた瞬間、それ以上何も聞こえず、何も見えなくなった。






END

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