inクズカゴ。

□PAIN U
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じっとりとシーツに染みた血液の、ムッと込み上げてくる錆びた臭いを吸いながら、私は獣よろしく浅ましく鳴いた。
所謂、性的な快感には鎮痛作用があるという話を聞いたことがある。
本当にその通りであるのか、それとも、そういった知識を中途半端に所持している故の自己暗示かは分からないが、確かに見た目ほど痛みは無い。ジンジンと熱く痺れるような感覚は拭えないが、それよりも私の脳を支配するのは、容赦無く体内を突き上げてくる肉の感覚だ。
ピアスまみれのペインの自身は、私の入り口をいびつに拡げて、無遠慮に膣壁を擦った。冷えた金属の感覚は、最初は内側から身体を震わせて止まなかったが、数時間にも及ぶ行為ですっかり人肌程度にまで温まり、まるでペインの肉体の一部であるように同化した温度で、私を刺激した。
正常か異常かで計るならば、おそらく異常の部類になるのだろう、と、辛うじて冷静なまま残っていた脳の部分が、限度を越えた快感を少しでも逃がそうと見当外れな方向に向かい始める。
ペインが、枕元にある細い針のようなもの……忍者の武器である千本をさらに医療用に細く精密にしたものを、指先で引き寄せて、手のひらの中に収めた。
横目でそれを見つつ、最早抵抗する気力も体力も尽きた私は、ただ諦めてペインから与えられる痛みを享受した。

私の身体に穴を開けていくことに、ペインは新たな興奮の種を見出したらしい。
あの日、私がペインと同じ痛みを共有した日からそれは止まらず、私の身体には無数の穴が開けられていて、古い傷口がふさがる間もなく新たに針を刺されるものだから、あちこち膿んでは嫌な臭いを発していた。
私の身体には今や、ペインと同じ数だけのピアスが装飾されている。しかし、ペインはそれだけでは飽き足らず、性行為の度に私のあちこちに針を刺しては、装飾する。指先、鎖骨の下、足の指と指の間、くるぶし、まるでピアスを刺すのに適していないところにもお構いなしに針が刺さる。
極小さい、けれど奥深い傷口から血液が少量ずつ垂れる感覚が、私を狂わせた。




ペインが手に握った針は、仰向けに寝て大きく開脚させられ、あられもない姿となった私の乳房へと目掛けられた。
ああ、そう、今日はここなのだ、と、半ば麻痺した意識でぼんやりペインを見た。今更どこだろうと、驚く気も無い。
「嫌か?」と淡々と問いかけるペインに首を振り、どうぞ、の意を込めて力無く瞼を閉じた。
彼の、気の済むようにすればいい。私を穴だらけにしたいのならば、すればいい。それが彼自身の欲望であるというなら私はそれごと抱き締める。
針の先端が、乳房の突起に押し当てられた瞬間、チリチリと焼けるように痛覚が刺激されて、拒絶ではなく、ただ本当に反射的に、喉から叫びが上がった。
「あ、ふ、あああああああっ、ぐ、あ、ペイ、いだっ……あああ!いだい、いだい!」
腰が跳ね上がり首をめちゃくちゃに振って痛みに耐えようとするが、そのくせ、心はこの感覚を手放して堪るものかと必死にその痛みに手を伸ばす。抱き締める。
針の刺さった乳房から血液がツウと流れ、丸みのある丘を横断してシーツへと染みた。ああ、血の染みは洗濯するのが大変なのだ、と、またしてもこの状況にそぐわない冷静な思考が顔を出した。
痛みは波のように、押し寄せては引いて、息を付いて安心したところにまた押し寄せる。さざ波のように緩急を付けて脊髄を流れる。
ヒステリーを起こしたように無意識下で叫び続ける私をペインはしかと抱き止め、汗をかいてこめかみに張り付いた髪が除けられた。
そして、痙攣する腰を両手で掴まれて、身を震わすことすらままならなくなった私を壊すように、めちゃくちゃに腰を振った。まるで、そう、貫通させようとしているかのように、これ以上は入らないという奥の奥まで突き入れられた後、抜き差しの動作ではなくぐりぐりと掘り進めるかのように、まだ深く潜ろうとうごめく。このまま腹を破られるのではないかという圧迫感に捕われて、私の脳は既に、先ほど針を刺された痛みは手放してしまっていた。
与えられる情報の多さに処理が追い付いていないらしく、絶対的な快感の前に、乳房に針を刺されたというショックはかき消されてしまう。
人間の脳なんて、精巧なようでいて実際はそれほど優秀なものでもないのだ。折角彼から与えられた痛みを放り出して快感に蹂躙されてしまうなど、愚の、極み。

とは思いつつも、やはり私の身体はいやらしく喜んだ。所詮私も、汚らしい「女」という生物であることに変わりは無く、突き上げてくる男根の感覚に絶頂が垣間見えた。
ペインの額から汗が一筋伝い、私の頬にポタリと落ちた。ペインは表情を崩さない。どこを見ているわけでもない視線をシーツの端の方へ投げ、口で喘ぐような呼吸をしながら、無我夢中に、淡々と私を責めた。
彼もまた快感を貪り、それに捕われたままになっているのは、波紋模様が浮かんだ薄紫色の瞳の虚ろさで分かる。
これが彼の欲望なのだ。私を穴だらけにして、苦痛に身体を痙攣させる様子を見ながら、それすら意に介さず自分勝手に腰を振って、時々吹き出る私の血液を舌先で掬いながら、私を犯す。
そして、彼のその怒涛のように押し寄せる欲望に対し必死に向き合って、どのような痛みも苦しみも、絶対的な存在である彼から与えられる尊いものであると、思考は犯される。世間一般的に見れば逸脱していて、狂っていると称されるような行為でも、彼から与えられるもののであるならば間違いは無いと、彼一色に染められる。
そして、そこに自分の意思や感情が入る余地は無く、ただ彼にされるがままに、求められるがままにして従う自分自身のことも、決して嫌いではなかった。むしろ、愛せるような気すらした。

どうせ、大した使い道の無いこの命。身体。いっそ彼色に染められてしまうことの何処が、悪なのだ。





「ゆくぞ」とペインが、聞こえるか聞こえないかほどの掠れた声で呟き、私はそれに無言で頷きながら、針の刺さったままの、自らの乳房を揉んだ。先端からまた血液が流れ出て伝う。これでは足りないと、まるでぎゅっと絞り尽くすかのように指先に力を込めると、やや勢い良く赤い飛沫が上がった。
その飛沫を一滴も零すまい、というようにペインが、噛み付くようにして私の乳房に貪りついた。
傷口を、歯と、彼の唇を通る牙のような金属が刺激してぶるりと身体を震わせた。その震えを宥めるかのように、ペインは再び私の腰を押さえ付け、最後に追い込むようにして私の奥底へ猛りを叩き付けた。
いっそう、入り口が拡げられるような感覚が増したと感じた瞬間、彼の男根は膨張して、細やかな動きを繰り返しながら精を放った。熱く吹き出した彼の欲望は、私の体内にもまた熱を広げるようにして、じわりじわりと浸透していく。私の意思も、感情も、その熱さに溶かされて形を失くす。それは行為を重ねる毎に強く感じることだった。まるで薬剤のように体内で、知らず知らずのうちに効果を発揮する。

このままペインに、思考回路も、感覚も、全て狂わされてしまっても良いと感じながら、私はそっと彼の背中へ腕を回した。
乳房を突き刺す針の感覚は、既に甘美なものへと変わっていた。
ああ、人間の感覚器官など、結局は意識ひとつでどうにでも狂ってしまうような曖昧なものではないか。
私の脳は既に、彼から与えられる痛みの全てを快感としてしか認識していない。







TO BE CONTINUED

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