inクズカゴ。

□ラブドール
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肩に付くか付かないかの長さで切りそろえられた髪を指で梳いて、私は、ちくちくと刺されるような心の痛みに背を向ける。
赤茶色の髪は夕日を反射して、きらきらと宝石のように輝いた。その輝きに反するように、私の気持ちはひどく沈み込んでいて、ルビーのようなその光だけが虚しかった。
私は本当は、長い髪が好きだ。首筋が風に煽られて冷えて、スカスカと落ち着かない。
それでも私が、馬鹿みたいにこの髪の長さを保ち続けるのは。少しでも伸びたと感じたら、有無を言わずまた元の、肩ギリギリの長さで切りそろえるのは。
何度も、こんなことはひどく非生産的で無意味で無駄なことだと思っても断ち切れないのは。
全ては、彼がのはらリンを愛してしまったからの一言で片付けられてしまうのだ。
だから私は、のはらリンを許さない。




彼、うちはオビトの、奇妙に熱を含んだ手の平が私の乳房を通過して首筋へと流れた。
その若干の刺激にすら、私の皮膚は引きつけを起こしたみたいに過敏に反応して、彼から与えられるその感覚を少しも逃すまいとして神経を尖らせた。彼が私に触れる一瞬一瞬が、惜しい。この震え上がるような幸福が、過去のものとして一分一秒、過ぎ去っていくのが惜しい。必死にそれを引き止めようとしても、私の無力な腕ではそれすら叶わず、宙へ伸ばしたまま虚しく、何も無い空間を彷徨わせている。そんな心境。
私は、のはらリンを許さない。




私と出会った瞬間、うちはオビトは、その表情の無い顔を凍りつかせた。
それぞれ色も違えば、瞳に浮かぶ模様も違う、異形の両目を繊細そうに大小させて、厚く色素の濃い唇は、何か言葉を紡ぎかけて、閉じた。
そして彼は、私の長髪をまるで毟るようにして手の平で掴み上げ、不気味に黒光りしたクナイを舌先で舐めて、罵倒した。
「その髪の色が、気に食わない。リンと同じだ」
髪の毛を掴み上げられる痛みから解放されて、ホッと息を付いた瞬間、頭上からまるで祝福するように毛束がパラパラと落ちてきた。長い間伸ばし続けていた毛髪を一瞬にして奪われた理不尽さに、息を殺しつつ泣いた。
彼は、出会うなりすぐに私の長髪を切り落とした。
「顔を見せろ」
項垂れて涙を零す私の頬を叩き、彼は私の顎をクイと上げて、まじまじと覗き込んだ。
「気に食わない。顔まで、リンに似てやがる」
私は、のはらリンを許さない。




気に食わないと凄みつつ私を抱く彼に、好意を持つのは時間の問題だった。
「気に入れば手元に置けば良いし、気に入らなければ煮るなり焼くなり好きにして処分すれば良い」という言葉と共にうちはオビトに献上された私は、てっきり彼の「気に食わない」という発言を受けて、自分は煮たり焼いたり、引き裂かれたり、刻まれたりして殺されるものだと思った。
けれどその予想とは裏腹に、彼は私を、日常的に痛めつけ、蔑み、人権を奪い奴隷のように扱い、自分勝手に抱いては捨てて、フラリと何処かへ旅立ってはまた戻り、私の身体に新しい傷を付けることはあっても、決して致命傷を与えられたり、殺す、と明確な意志を感じるような行為はもたらされなかった。
ああ、例えこの扱いが、人間にすら満たない動物以下、道具以下のものだとしても。
私の脆弱な命は、少なくとも今のところはうちはオビトの手中にあって、彼の機嫌ひとつで私は簡単に、まるで蟻を指先で潰すように、呆気無く処分されてしまう。そして私が生き残る術といえば、どんな手段を用いてでも彼の気の召すような存在になり、傍に置いてもらうことだった。
だから私は、のはらリンに「なりきる」ことに徹した。
彼が似ていると言ったこの髪色を生かし、彼女と同じ髪の長さに切り揃えて。彼が似ていると言った顔立ちをますます似せるように、表情ひとつまで深く研究し。
第二ののはらリンとなった私を、彼は今更自らの手で殺めることも出来ずただがむしゃらに抱いた。
そして異形の瞳が熱っぽく私を見つめ、まるで慈しむような口付けを落とされると、彼は私の自由を奪った憎むべき人物であり、私は彼から何とかして逃れなければならない、という事実を忘れることが出来た。彼が愛し、求めているのは私であり、私は私という存在を捨てて既に、のはらリンという人間として生まれ変わっている。そんな気すら覚えてきたのだ。そして、自覚してしまえばもう遅い。
いつの間にか私は、せめぎ合う二つの気持ちの間で揺らいでいた。
ああ、この甘美で魅惑的な彼の束縛から、逃げてしまいたい。けれど、ずっと捕らえられていたい。彼という崇高で神聖な存在に愛撫され抱かれるという行為は、ちっぽけで、無力で、世界の大した役にも立たない自分自身の身の自由なんかよりも、ずっと尊く意味のあるものに思えたからだ。
そして断ち切れないまま、ズルズルと、過ぎる。
私は、のはらリンを許さない。




彼の指が私の花弁を開き、蕾を指先で愛撫する刺激に私は、まるで獣のように浅ましく鳴いてみせた。愚かで、無抵抗で、思考も感情も無いただの性欲処理の人形として振舞って見せた。そうすることで、彼の支配欲を満たし満足させられるなら造作も無いことであった。自分という存在を矮小に見せ、馬鹿の振りをし、それで彼に愛してもらえるのならば。
「抵抗するなよ」と背後から私の頭を押さえつけ、腰を上げさせ、いきり立った自身を押し付けてくる彼に私は、「今更抵抗するつもりなど無い」と意思表示をするつもりで、まるで娼婦のように尻を振る。私が馬鹿になればなるほど彼は下卑た表情で満足そうに喉をクックッと鳴らして笑った。
「良い子だ。そのまま大人しくしてろ」
ぬるりと容赦無く、内壁を押し上げるようにして彼の自身が体内に入り込んできた。痛みは無い。あるのは、何か自分でないものが体内に侵入してきたという異物感と、入り口を押し広げられるピリピリとした独特の感覚だった。
毎日のように彼に抱かれてしまうから、入り口は既に広がりきっていて締め付けなど皆無だろうに。それでも彼は瞳を虚ろにさせて、どこを見るわけでもなく視線を一点に集中させながら無我夢中で腰を振るのだ。そして私も、それに答えるように動いてみせるのだ。
何て下らない。彼は彼で私にのはらリンの幻を見て、私は、私にのはらリンを重ねる彼に愛されている錯覚を起こしている。
下らないと理解しつつ、止められないのは私の意志なのだ。彼に触れられれば条件反射的に秘部は湿りだし、彼が最も喜ぶ鳴き方を喉は搾り出す。そして、そんな従順な反応を生み出しているのは、私が心の奥底に仕舞い込んで蓋をした彼への恋心に他ならない。
どんなに見ない振りをしていても、胸を針で刺すようなちくちくとした痛みは止まずに、徐々に、徐々に、私を傷付けては知らぬうちに出血していた。
もう、断ち切れない。どうすることも出来ない。片隅にゴミのように残っていた、「のはらリン」ではなく「私」としての存在が、彼に恋をした。「のはらリン」の裏に隠れた「私」が、彼を、愛してしまった。

彼の突き上げがひときわ激しくなり、視界がグラグラと揺れて、乗り物酔いのような不快さがあった。
ああ、くる、と本能的に感じ取った瞬間に。内側で噴出すようにして彼は身勝手に欲を放った。彼はいつも、何も言わない。所詮のはらリンを模しただけにすぎないラブドールとしての私に、限界を告げることなど必要無いということだ。
熱い液体が入り口から漏れ出す感覚は月経とよく似ていた。その熱を受け止めながら、私は自嘲し、彼は泣いていた。
「リン」
涙の雫と共に、吐き出すようにして彼は呟いた。
「どうして俺を残して死んだ。どうして俺に、こんな苦しみを残して死んだんだ」




私は、のはらリンを許さない。
彼にこれほどまで、癒えない傷を刻み付けて一人さっさとこの世を去った彼女を。
今なお苦しみ続け、彼女の幻影に悩まされ続け涙する彼を知らん振りしながら、それでも愛され続ける彼女を。
私の、私としての存在を奪った彼女を。
私が、自由を奪われ傷付けられ、蔑まれて、そうまでされても愛する彼に、痛々しいほどに愛されながら死んでいった彼女を。
私は、のはらリンを許さない。







END



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オビトは、その姿にリンを重ねつつも、所詮は紛い物にすぎないと理解しているから、平気で酷いことも出来てしまう。けれどもやっぱりそっくりだから、外見だけ見ていれば愛しさも沸いてしまうし熱いまなざしも送ってしまう。
「私」は、その恋心が本物か紛い物か分からない。
いわゆるストックホルム症候群かもしれない。監禁(もしくは監禁まがいの何か)ネタではこれが好きなのです。

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