inクズカゴ。

□Pierrot
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醜い、と感じる。その男の生き方は非常に。
誰に対してもへらへらと笑いながらへつらい、不当な扱いに対しても徹底的に己を隠し、蔑まれる自分というものを演出してみせ、何かと自分を卑下し格下に思わせる。
周囲は面白がって彼をからかうが、私はそれを遠くから傍観する。周囲が望んだ反応をそのまま真っ直ぐに返す彼は、まるで玩具のように周囲の笑いを生む。その表情に、屈辱や恨み辛みはみられず、一種恍惚ともしているような。妙な違和感が私を襲う。
気持ち悪い、と、率直に表すならばそう思った。
その笑顔は決して曇り無いものなんかではない。細めた瞳の奥に、不安定に揺らぐ闇が浮かんで見える。上がった口角が時折歪む。貼り付けたような笑顔の向こう側に、隠したはずの脆弱さが浮き彫りになる。内側に隠し切れないほどの陰鬱を抱えながら、何故それでも、太陽になろうとして生きるのか。
お道化。くだらない仮面だ。べたべたと繕うようにして貼り付けられたその仮面を剥がし、素顔を露わにさせ、その瞬間の絶望の表情が見たい。必死に隠してきた自己が露呈されてしまった時の焦燥をこの目に映したい。



私は、気持ち悪い、と思う心を抑えながら、彼に接近した。全ては、あまりに愚かで、それ故腹立たしい道化師を排除するために。
「貴方さぁ、いつも楽しそうだよね」
「えっ、そうですか?」
振り向いた表情は明るく、間延びした口調が余計に私の苛立ちを募らせる。せいぜい繕っていればいい。どうせすぐに崩れる。
「楽しそう、っつーか、いじられてる、っつーか。大変じゃない?あんなに人に囲まれてると」
「いやぁ、そうでもないですよ。僕なんて劣っているし、あんまり人並みに合わせて歩けないから。誰かが、誰でも、側に居て僕のことを気にかけてくれるっていうのは、とても嬉しい」
やはり、と内心でにやり、笑った。彼にとっては何気ないつもりで吐いた言葉でも、その端々には日陰者精神が滲む。僕なんて、と自分で自分を卑下しながら、言葉で自己を主張する。
「心が広いというか、なんというか……。そんな風にいつも明るく振舞っているから、人が集まるのかもね」
「いつも明るく」。その言葉を聞いた瞬間、ぴくりと、彼の口角が一瞬痙攣したのを私は見逃さない。その調子だ。もっともっと、崩れていけ。晒されていけ。
「そんなぁ、ははは。あまり褒めると調子に乗ってしまいますよ、僕」
「ところでさぁ、その木遁忍術?だっけ?それってどこで身に付けたの?」
少しずつ彼の精神を煽った後で、私はいよいよ本題に触れた。
彼の表情がピタリと、録画された映像を停止したかのように、完全に止まった。
「初代火影様だけが持つ秘術だったんだってね。ケッケイゲンカイ?それを持つってことは、貴方も初代火影様の血筋なの?」
本当はそんなこと、問いかけなくてもとうに知っていた。彼が音隠れの里にて行われた実験のサバイバーだということは、隊内でも有名な話だ。誰もがそれを知りつつ、触れてはいけない事実としてタブーとなっている。皆知らぬふりをして、彼を取り囲んでいる。
私も敢えて知らぬふりを装った。無知を晒して、無邪気な疑問を彼に投げかけた。
「でも、そんな話は聞いたことなかったから違うわね。んん、一体どこで身に付けたの?習得するのは大変だった?」
「やめてくれ!!!!」

怒涛のように溢れる私の質問を遮るように彼が吠えた。平常穏やかで奥底から響くような声が、今や恐怖と動揺に満ちて滑稽に裏返っている。ハァハァと、荒い呼吸を繰り返す口からは唾液が垂れ、彼は自らの首を手のひらで押さえながら苦しさに喘いだ。
「い、いき、」
ここまで面白い反応が見られるなんて。嗜虐の喜びを体内に巡らせながら、私は上下する彼の顔面を捉え、唇同士を合わせ、隙間からそっと吐息を送り込んだ。
一度離して、私はまた息を吸う。唇を合わせ、吐く。私の吐き出した二酸化炭素が、彼の体内に取り込まれ、作用する。
震えた肩が少しずつ動きを止めた頃、顔を覗き込むと、彼は黒目がちな瞳に涙を溢れさせ、肌は蒼白、普段繕っている人当たりの良い笑顔など、どこかへ吹き飛んでいた。
そうだ、この顔。私はこれが見たかった。


荒い呼吸も収まった後に、彼はまるで許しを乞うように私を見た。
「このこと、誰にも、い、いわ……」
アハハハ、と、自分のものなのかどうかも分からないほどの愉しげな笑いが私の口から自然に漏れた。なんと滑稽で愚かしい。既に隊内で知らぬ者はいないというのに、それでもなお懸命に、己の綻びを隠し続けようと他者にしがみ付く。ここまで無力な姿を晒しておきながらなお、まだ隠すことができると思い続けている。
「いいわ、大丈夫、言わないわよ。貴方が本当はどうしようもなく脆弱で、繊細で、割り切れないほどの過去を抱えていて、今もその闇に苛まれていて、私からの簡単な言葉にすらこうまで弱らされてしまうほどだなんて」
「やめてくれ…………」
依然としてちくちくと、針で刺すようにして攻め続ける私に、微かに抵抗を示すように、彼は緩慢に首を振った。
「こんな僕を見たら、きっと皆笑うだろう。見下すだろう。本当はこうまで脆い人間だと知ったら、きっと離れていくだろう。自分とは違う生き物だとして僕を見るだろう。僕らしくないと言うんだろう。僕らしいって一体何なんだ、どこまでが僕で何が僕ではないんだ、わからない、ねぇ、答えてくれないか、僕は今ちゃんとここにいるかい、僕は僕として存在できているのかい、」
もう意識ここにあらずといった様子で、畳み掛けるように彼は私に縋った。地面に膝を付き、私の服の裾を赤ん坊のように掴み、ぐらぐらと揺れた瞳が鏡のように反射して私を映し、映された私の瞳にはさらに彼が映される。大の男が私を絶対的な存在として見ている。この存在に見限られたら後は無いというように、私は今、縋られている。

嗚呼、快。

「アッハハ、大丈夫よ、ちゃんとここにいるわよ、ねぇ心配しないで?貴方は今私の目の前に座り込んで、顔を真っ青にして、口の周りをよだれでいっぱいにして、ぼろぼろ涙を零しているから」
「本当?本当に?ちゃんと見えてる?大丈夫?」
「はいはい、大丈夫。可愛いわね、私は貴方を見捨てたりしないわよ。ちゃんといるから、よしよし」
慈しむようにして彼の頭をそっと撫ぜてやると、彼は大粒の涙を振り飛ばしながら笑った。口角から鮮やかな色の舌がはみ出していた。
「あ、ありがとう……」







ところで、と私は内心考える。
何故私は彼の仮面を剥ぎ取りたいと思いたったのだろう。滑稽に自分を偽る彼の姿があまりに醜く憎らしかったからだろうか。本当にそれだけなのだろうか。
それならば今、彼にこうして縋られて、涙を流されて、醜く存在の意味を問うてくる彼を慈しみ、愛しく思う自分は何だろうか。私は本当は、誰かに縋られたかったのではないだろうか。誰かの絶対的な存在になることを求めていたのではないのだろうか。彼ならば。彼ならば私を認め、求めてくれるのではないかと期待していたのだろうか。誰かが私の居るところまで堕ちてくるのを望んでいただけなのだろうか。私だって本当は、彼のことを笑っていられないくらいに、歪んでいて、醜く、目も当てられないくらいに汚れているのではないのだろうか。
何だ、結局私たちのしていることは傷の舐め合いではないか。
私と彼のニーズがぴったりと合わさっただけの、それだけのことだ。こんな捻れた関係にそれ以上も以下も無い。
「貴方は、きっと怖いのね、人とすれ違うことが。だからこうして己を作って、偽って、道化者を演じたままいつしか戻ってくれなくなったのでしょう。本当の自分の顔を忘れてしまったのでしょう」
「そう、そう、そうなんだ、僕は僕を見つけられないんだ、僕はどこかに行ってしまったんだ、僕はずっと誰かを探してたんだよ、本当の僕を晒せる誰かを探してたんだよ、」
ハ、ハ、ハ。笑いが止まらない。虚しさに侵食されつつ昂ぶりが止まらない。この気持ちはなんだろう。
ざわざわとせり上がってくるどす黒い感情に惑いながら、私は、狂ったようにぺらぺら動く彼の唇を塞ぐ。










END

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