valuable skinship

こうつきしあこ
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「お…っ、おおおっ!」

眼前に広がる光景に沢村栄純は成人男性にしては些かくっきりと大きい目を輝かせた。

「露天風呂だ!」
「しかも部屋付きのものだから俺らしか使わない」
「うおーっ、すげぇ!!」

追加された説明にますます興奮したのか、服のまま突進しそうな勢いの沢村を御幸は苦笑いを浮かべて引き止めた。
喜んでくれるのは嬉しいが、服や畳をびしょびしょにされるのは勘弁して欲しいのが正直なところだ。

「そんなに慌てなくても風呂は逃げやしねえよ。ほら、あっちに浴衣があるから」
「浴衣!見る!」
「やれやれ…」

元々テンション高めな沢村だが、今日はいつもにも増して言動に落ち着きがない。
露天風呂効果か…と御幸は沢村に急かされるままに部屋へと帰る。

「なぁ、御幸。夕飯の前に風呂入ってもいいよな?」
「あぁ、そのつもりで飯の時間決めてあるから」
「やりぃ♪俺、一番風呂〜!」

浴衣と一緒に置いてあったタオルの類いを掴むと、沢村は足取り軽くまた露天風呂へと戻って行った。



御幸一也と沢村栄純は所謂恋人同士と呼べる間柄だ。
もちろん同性ということで表立ってそれを主張したりはしないが、何故か職場の人間には全てがばれており、しかもとても暖かく見守られている。

その大きな要因は沢村だと御幸は思っている。

沢村という人間は時に、子供のような行動に出たりドジを踏んだりと何かと騒ぎを起こすトラブルメーカーだが、どんなに騒動を引き起こしても何故か憎めないキャラクターとして上司や同僚たちの心をガッチリと掴んでいる。
しかし本人にそのことの自覚が全くないところがまたミラクルだろう。

さらに驚くべきは沢村の影響力は所属部署に留まらず、多少なりとも関連する他の部署の者たちにも波及していることだ。

いっそ天才的と言ってもいいと御幸は半ば本気で思っている。
その天才的な存在感のおかげで勤務は他部署(しかも別々の棟)だというのに今の関係にまで発展したのだから、御幸にしてみればありがたいことこの上ないのだ―――例え、その恋人が子供っぽく、うぶで、鈍感で、恋愛事には疎くてからっきしだとしても、だ。



(二人っきりで旅行って…意味わかってんのかね?)

ばたばたと風呂へ行ってしまった後ろ姿を見送って、御幸は軽いため息をついた。

部署が違うということは、仕事のスケジュールが全く違うということだ。

ほとんど連動しているような所もあるが、残念なことに御幸の所属する研究開発部と沢村の所属先の営業部では畑違いもいいところ。
研究が立て込めば御幸は何日も研究室に泊まり込むし、沢村も取引先の状況によっては休日出勤もある。
よって、お互いの休日が二日以上に渡って重なることは滅多にない。

仕事帰りや一日だけの休日に一緒に過ごすことはもちろんあるし、可能な限りそういう時間を作ってはいるが、人間とは貪欲なものだからもっともっとと我儘になってしまう。

そして御幸一也は外面の良さに反してとても自分に正直な男だった。

頭の片隅でプチッと響いた音を冷静に受け止めた御幸は、急ぎの案件を驚異的なスピードで片付けるのと同時進行に、他の仕事をいちばん信頼できる先輩へ任せ(もしくは押し付け)、沢村と同じ部署に勤務する同期を経由して沢村のスケジュールを押さえ、さらに前々から目星を付けていた温泉旅館を予約を入れた。

そして急ぎの案件以外をその日の内に済ませた御幸は帰り道で沢村に旅行を提案して、今に至る(沢村が断るとは微塵も考えていない辺りが御幸の御幸たる所以かもしれない)。

御幸の予想通りに断らなかった沢村は、これまた御幸の予想通りに観光、地元の味をふんだんに盛った食事、そして温泉…と楽しんでいる。
ただ一つ、御幸の予想を超えたことがある。それがこの無邪気な健全さだ。

(二人っきりだぞ、二人っきり。しかも旅館はなかなかのランクで、露天風呂付きの離れの部屋だぞ。本館とは距離があるし、廊下で繋がってるけど何枚も襖で遮られてるし、庭にはいい具合に竹や茂みがあって隠れ家的な場所なんだぞ?つまりこれは誰にも邪魔されず、音も声も気にせず、とにかく二人っきりでいちゃいちゃできる絶好のシチュエーションなのに…!)

なのに、肝心の恋人は露天風呂に夢中。
そして間違いなくその後の夕食のことで頭が一杯だろう。

もう一度ため息をつくと、御幸も浴衣に手を伸ばした。



「あ、御幸、遅いぞー」
「はいはい、悪かったよ。俺はどっかの誰かさんみたいに元気一杯で走り回れる年じゃないからさ」
「へー、年寄りみたいだな!」
「(皮肉も通じねぇ…。)ちゃんと洗ってから入ったんだろうな?」
「当然だろ!」

ぷいっと顔を背けた沢村はスイスイと湯船を横切り、ひっそりとした庭に向かう形で縁に腕を置き、そこへぺとりと頬を乗せた。

「お気に召されました?」
「うん。すげー気持ちいい」
「そりゃ良かった」
「御幸ー」
「んー?」

ざばりと頭からかぶった湯がぽたぽたと落ちる前髪をかき上げ、煙る視界に目を細めながら返事をする御幸に沢村はくすりと小さく笑う。

「ありがとなー、連れて来てくれて」
「―――は、」

頭に手をやった格好のまま固まる御幸にさらに沢村は笑う。

「何やってんの、あんた?」
「いやいやいや、沢村こそ何言っちゃってんの?」
「お礼言っちゃダメなのかよ?」
「そうじゃねえけど…びっくりした」
「だって俺一人じゃこんなとこ絶対来ないし、ていうかあること自体知らなかったし。お互いの家を行ったり来たりとか、たまに映画見に行くとか、そういうので充分って思ってたけど…こういうのもいいよな。なんかこう、特別って感じで嬉しくなる」

(…可愛いこと言ってくれちゃって…)

ほんのりと桜色に頬を染めてこんなけとを言われ、何も思わない奴は男じゃない、と御幸は気を取り直しながら湯船に向かう。

「だから、ありがとうって」
「俺もさ、そんなに喜ばれたら嬉しいよ。ありがとな」
「ふは、二人してありがとう言い合うって何か変なの!」
「親しき仲にも礼儀ありってな」
「何かちがーう」

ばしゃばしゃと水面を波立たせて沢村は笑う。
子供みたいな行動に御幸は何だかんだと言いつつ、やはり可愛さの方が勝って、つられたようにふ、と笑うと庭に視線を転じた。

しんと静まり返る庭がぼんやりと灯りで照らされ、かすかに竹の風に揺れる音が心地好く響く。
日常から切り離されたような感覚に知らず息を吐き、目を閉じた。

「御幸?まさか寝てないだろうな」
「うん?大丈夫、起きてるよ。そんなに疲れてない」
「あんた、根詰めすぎて風呂で溺れかけたことあるもんな」
「一週間で睡眠時間が一桁だったときだろ。あんなことそうないよ」
「しっかりここで癒されろよ」
「お前もな。忙しいのはお互い様」

広々とした湯船だが、ごく自然に二人の距離は縮まり、肩や腕が触れ合う。
ふと、二人の視線が交わって、次に沢村の瞼が下がる。

ぽちゃり…と湯の跳ねる音に混じって、二人の唇が触れる音がしたのを他に聞いたものは何もない。



「ううぅ〜、もう何も入んない〜」
「バカ…」

仲居さんたちが綺麗に並べてくれた布団の一つに沢村は飛び込むと、ごろんごろんと枕を抱えて転がり始めた。

うーうーと唸る声は苦しそうだが、あんなに動けるなら大丈夫だろうと判断した御幸は手ずから淹れたお茶を啜りながら、先程引き揚げた仲居さんたちの微笑ましいと言わんばかりの顔を脳裏に浮かべた。

なかなか格の高い旅館なだけあって食事も味、ボリュームともに申し分のないものだった。
御幸も沢村も健康的な二十代男子、食事量はまだ衰えを知らない。それがおいしいとなると更に箸が進むというものだ。

しかしテンションの高さに引き摺られたのか、沢村は少々自分の許容量をオーバーしてしまったらしい。
転がるのに飽きたのか、布団に俯せてじっと動かない恋人に御幸は呆れを含んだ声をかけた。

「おひつを一人で空にする程食うからだ。人の分にまで手を出しやがって」
「だってご飯そのものもすげぇうまかったんだもん。デザートは御幸が酒ばっか飲んでるからいらないのかと思ったし」
「飲み終わったら食うつもりだったんだよ。まぁ、別にいいけど。しかしあの酒、うまかったなぁ。土産に買って帰ろうか」
「あっ、じゃあ俺あの漬物買って帰る!また茶漬け食べたい!」
「そんなになってもまだ食い物の話ができるお前がすげえよ。旅館の人が気を利かせて薬を持ってきてくれたけど、飲まなくて平気そうだな」
「んー、大丈夫」

整腸剤を盆に置き、御幸は沢村の分の茶を淹れた。

「ほら、飲め。食ってばっかで喉渇いたろ」
「サンキュー。仲居さんたちも優しいけど、御幸も優しいなー」
「そりゃどーも。ていうか仲居さんたちは優しいっていうより、最後の方は完全に面白がってたぞ」

作法の行き届いた彼女らは二人の健啖っぷりに最初は目を見張っていただけだが、おかわりを重ねる沢村に食べさせる喜びというか、一種の母性本能のようなものを抱いたらしい。
空っぽになったおひつにこの場にいた全員が声を上げて笑ったものだ。

「御幸の飲みっぷりにも驚いてたと思うけど」
「ん、んー、確かにちょっと飲みすぎたかも、な」

辛口ですっと喉を過ぎる軽さについ杯を重ねた御幸であるが、少し目許が朱くなっているだけで、他にはこれといって変化はない。
むしろ数杯付き合った沢村の方が朱いくらいだ。

「営業でも飲めないからって問題にはならないんだな」
「うーん、全然ない訳じゃないけど…でも取引先の人も俺があんま飲めないの知ってるし、無理強いはないな」
「他社まで巻き込むのか、お前は…」
「何か言った?」
「いいや」

さすが天才、と口の中で呟いて残りの茶を全て沢村の湯呑みに注ぐ。

「御幸はもういいのか?」
「これ以上飲んだら腹の中でせっかくの酒が薄まるだろ」
「呑兵衛だなー」
「うるさい」

縁側へ足を向け、御幸は窓をカラリと開いた。外からの涼やかな風が微かに火照った頬に心地好い。
しばしそこに佇んでいたが、背後から盛大な欠伸が聞こえて振り向いた。

「腹一杯になったら眠くなっちまったなぁ…。ちょい早いけど俺、もう寝るな」
「はあ?」

思わず御幸は頓狂な声を上げてしまう。
恐れていた言葉を聞いてしまったのだ。

「おい、沢村」
「テレビとか普通に見ていいから。音とか気にしないし」
「それは知ってるけど、じゃなくてだな!」

ピシャリ、と窓を慌てて閉めると座敷へ戻る。
語気を荒げる御幸に体半分を布団に潜り込ませた沢村はきょとんとした顔を向けた。

「どうかした?」
「どうかした!」

どす、と隣の布団に座る御幸の目は完全に据わっている。
どんな酒精にも酔うことのない男の理性が、たった一言で壊れかけていた。

「お前もうちょっと空気読む、つーか状況考えろよ」
「状況?」

二人きりの旅行に含まれる口には出せないアレコレはものの見事に沢村の理解の範疇外にあるらしい。

プチッといつか聞いた音をまた頭の片隅に響かせた御幸はありとあらゆる感情を全て極上の笑顔に乗せた。

「…っ!!」
「おっと、布団から出てどこ行こうってんだ?」

本能レベルで危機を察知した沢村が反射的に身を引くが、それ以上に御幸の方が早く、あっさり捕まった沢村は柔らかい布団に押し倒れた。

「御幸っ」
「つれないな、沢村。せっかくいろいろ手を回して今回の旅行を実行に移したっていうのに。夜はこれからだろ?」

ますます深まる微笑みにいよいよ沢村の顔から血の気が下がった。
いくら鈍感とはいえ、ここまでくれば御幸が何を考え、何をしようとしているか、はっきり理解できたのだ。

「みゆ、きっ!あの、俺…!」
「大丈夫だよ、栄純。怒ってるわけじゃない」

ごく限られたプライベートのときにしか呼ばれないファーストネームを、優しさに満ち溢れた声色で呼ばれ、ほぅ、と沢村の肩から力が抜けた。

ふ、と小さく笑った御幸は、ゆっくりと沢村の前髪をかき上げ、大きな黒い瞳を覗き込むと、殊更穏やかな声で言葉を紡ぐ。

「ただし、今夜は今までにないくらいに楽しいものになるだろうな?」
「うわーっ!」
「ん?」

叫ぶ沢村にわざとらしい程に無邪気な表情を装った御幸が小首を傾げる。
男がそんなことしても可愛くない!と言う余裕もなく、沢村ははだけられた浴衣の衿を慌てて合わせた。

「何やってんだ!」
「着たままがいいのか?まぁ、浴衣だし…趣があっていいかも」
「そんな話してるんじゃない!」
「わかってるよ、栄純。言葉なんていらないもんな?」
「あああああっ、日本語通じねぇーっ!!」
「言葉に頼らなくても通じあってるだろ、俺ら。さっきまでは少しの誤解があったけど…今はもう平気だもんな?」
「人の話を聞けー!」
「聞くよ、ボディトーク。好きなだけ啼いてくれたらいい…俺しか聞いてないから」
「み―――っ、ん、ぅ!」

お喋りは終わり、と御幸は沢村の口を、手っ取り早く自らの唇で塞ぐ。
両手はその間も忙しく、しかし優雅に動いて衿の合わせと裾の間からの侵入を果たしていた。

「んっ、む…んんぅ…っ!」

体重を上からかけられ身動きの取れない沢村は、苦しい呼吸の中でせめてもの抵抗として自由な両手で御幸を押し退けようと腕を突っ張る。が、その程度でどうにかなる程、御幸は詰めの甘い男ではない。

むしろ沢村の腕がまるで自分にすがり付いているようだと都合のいい脳内変換をして、さらにテンションを上昇させる始末だ。

「ふ、はぁ…っ」

もうダメ、というところでやっと御幸が離れた。

いつもそうなのだが、どうやって御幸は自分の呼吸の限界を計っているのだろう、と沢村は不思議に思っている―――もちろんそれを投げ掛ける余裕はいつもないけれど。

くたりと力の抜けた体を労るように御幸は沢村の顔にキスを落とす。
額、目許、頬、唇の端、顎の先…と次々降ってくるそれはとても優しくて甘ったるくて、ついそのまま流されかけて、ふと我に返った。

「うおぉっ、危ねぇ!」
「チッ」
「ふざけんな、どけ!」
「まだそんなこと言うの」
「まだもそんなもへちまもあるか!俺は同意なんてしてない!」
「キスだけで蕩けてたくせに…あ、待て待て、そんなに暴れたら浴衣が崩れるぞ。ま、目に楽しいから俺は全然いいけど」
「な―――っ!」

ただでさえ衿元が乱れていたのに、さらにもがいたせいで薄い布はスルスルと肌を滑り、辛うじて帯のところで止まっているに過ぎない状態である。

「いっ、いっ、いつの間に…っ!」
「ふふふ、さあね?」
「近寄んな!」
「無理だよ、もう」
「う…っ」

ぐ、と体を押し付けられ、沢村は呻く。
正直すぎる御幸のあからさまな反応を教えられ、これまた素直すぎる己の体がぴくりと示した反応に目を覆いたくなった。

「可愛い、栄純」
「っる、さい!」

ちゅ、ちゅ、とまたキスを再開させた御幸に沢村は真っ赤になりながらまた抵抗し始める。
しかし先程に比べれば幾分も小さいそれにますます御幸の口端はつり上がった。

「栄純、もっと可愛いおねだりのやり方、知ってるだろ?」
「バカっ」
「まったく…あんまりおイタが過ぎると縛っちゃうよ」

コレで、とにっこり笑って御幸が見せた黒い帯状のもの。
見覚えあるそれに沢村はぱちくりと目を瞬かせ、御幸の浴衣を見、そして自分の格好を見下ろした。

「にゃーーーっっ!!!!」
「にゃんこプレイ?」
「ちがうっ!いつの間に!」

御幸の手にあるのは沢村の浴衣の帯だった。
さっきまでは間違いなくずり落ちかけの浴衣を留める役割を担っていたそれを、いったいいつ御幸は外したのか。

いや、それよりも。

「…絶景…」
「きゃーーーっ!?」

ごくりと喉を鳴らす御幸に沢村は女の子のように浴衣の衿をかき合わせて胸元を隠した。
が、肝心の足元は御幸が邪魔で閉じれないのが余計に悲しい。

「お前…相変わらず腹とか脚とか真っ白だよな…」
「いやだっ、ヤメロ…っ、寄るな変態!誰かーっ!」
「はっはっはっ、何のために離れの個室にしたと思ってんだ」
「確信犯かコノヤロウ!」
「用意周到と言ってくれ」

心外だと言わんばかりの年上の恋人に沢村はクラクラする頭を枕にぼすん、と落として深い深ーぁいため息をつく。

(どうして…どうしてこいつはこうもこんなところでいらん頭を回していらん行動力を示すんだ…や、仕事もきっちりやってんだけどさぁ…)

仕事してるとき、ほんとかっこいいし…と思考を飛ばす沢村の脳裏には初めて御幸を見たときのことが浮かんだ。


沢村は自分を面食いだとは思ってないし、見てくれよりも心意気だと信じているが、御幸を最初に見たときは思わず見とれてしまったのだ。

ピンと伸びた背筋、皺一つない真っさらな白衣、無造作に整えられた柔らかそうな茶色の髪に、メガネの奥からこちらを見据える切れ長の瞳。
その視線の強さに一瞬呑まれそうになった沢村へ御幸が最初に見せた蕩けそうな笑み…。

実際には、仮眠前にあまりの眠気に派手に薬品をぶちまけたから着替え、変な体勢でうたた寝をしたため凝り固まった体をほぐそうと背伸びをして済ませた直後で、髪は目に入らないように適当に撫で付けた本当の無造作であって、寝起きで視界の悪い中に突然開かれた扉をつい睨んでしまい、だがすぐに前々から気になってた沢村だと気付いて思わず頬が緩んでしまったと御幸本人から後日聞いたけれど、でもだからといって御幸に幻滅することもなかった。

つまり、外見だけでなく内面も込みの御幸一也という人間にだんだんと惚れていって今に至るということだ。


(あぁ、畜生。こんなんじゃ最初っから…)

自分に勝ち目はない、と唇を噛む沢村の額にまた御幸が唇を落とす。

「栄純…、考え事して百面相してたり、一生懸命抵抗手段を思い巡らしてるのも可愛いけど、素直な栄純がいちばん可愛いよ?」
「ふん。あんたはエロいこと考えたりしたりするときがいちばん輝いてるよな」
「ありがとう」
「褒めてねぇよ変態!にこやかにすんな変態!!」

可愛いげのないことばかり口にする沢村の唇を御幸が己のもので塞ぐ。
口で何を言ったって、目とか表情とか態度とかで全てが丸わかりな沢村が、御幸は可愛くて仕方がないのだ。

「〜〜〜っ!! ふ、は…っ」
「可愛い、栄。かーわいい♪」

すりすりと擦り寄ってくる御幸に沢村は眉間を寄せるが、引き結んだはずの口許はむずむずと弛んだ。
積極的に肯定する気はさらさらないが、可愛いと御幸に言われるとちょっぴり嬉しいと思ってしまうことを否定もできない沢村である。

だから、そろそろと胸元に這わされる長い指の明確な意思にも抗うことなく、むしろ目の前の浴衣を脱がしてやろうと手を伸ばした。

「エロいね、栄純」
「あんたが言うな」
「これはおねだりと取っていいのかな?ていうか取るよ?」
「聞けよ、人の話」
「栄純にここまでされたら頑張っちゃうなぁ」
「頑張らなくていいから!」
「ふふふ、何してあげようか?」
「聞けというに!!」

脱がしかけた衿を逆に絞め上げようとする沢村の手をやんわりと外した御幸は、その手にちゅぅ、とわざと音を立ててキスをしてから、左手の人差し指にねっとりと舌を這わせた。

「ひにゃ…っ」
「こぉら、おイタをしたら縛っちゃうよって言ったろ?それとも鬼畜モードがお好み?「ではないデス!!」
「だよな」

にやん、と笑ってぱくりと指を口に含んだ御幸は、そのまま舌でじわじわと刺激を与え続ける。
その艶かしい動きだけで沢村は酸欠になったかのような目眩に襲われた。

(こっ、こっ、こっ、この変態エロ魔人がーーーっ!)

声に出して盛大に罵ってやりたいが、今口を開くととんでもない声を出してしまいそうで必死に耐える沢村にますます御幸の目が三日月のような曲線を描く。

(何か言いたそうだなぁ…思いきり罵倒されんのもゾクゾクするけど、でもやっぱ俺はイジメる方が性に合うな、うん)

ネジの弛んだ思考回路は幸いにも誰の目にも留まることはない。

つれない態度へのお仕置きはもう止めようか、と考えた御幸は口を離すと、真っ赤になってぷるぷると震えている沢村へゆっくり覆い被さる。
やっと自由になった手を沢村が御幸の首に回した。


ひっそりと更けていく夜、二人きりのひそやかな密事は始まったのだった。








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