戦国無双

□信念論
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さて、珍しいこともあるものだ、と兼続は密かに思った。

目の前には、滅多に感情を荒立たせないあの男が、苛立ちと侮蔑の入り混じった気を、全身から発している。

よほど、己のことが気に入らないらしい。

不快さを隠そうもせずに、男は兼続の前の座敷に座していた。
そこまで己のことが嫌であれば、去るなりなんなりすれば良いのに、それもせずに、堪えているようで。

…とにかく、普段の男からは想像も出来ぬほど、感情を高ぶらせた様子でいる。

ちらり、と珍しいこともあるものだな、と脳裏を掠めた刹那、男の機嫌が、更に悪化の道をたどった。
侮蔑の気配には、殺気すら交じり始めてもいた。
兼続が少しばかり、男のことを物珍しく思ったことが、先方に知れたらしい。
他人の気持ちを汲むことをとうの昔に放棄した男であるくせに、その一方、他人の心の機微には恐ろしく敏感であった。

それこそ、人の心を読んででもいるのかと疑いたくなるほどに。

そもそもこの男は、一つの物差しだけでは計り切れず、常人ではおよそ、その範疇内には収まりきらないのだが。
少なくとも、兼続にとってはそういう人間であった(彼は人間であるかどうかも定かではなかったが)
風魔小太郎という名前を持つ男は、顔を見るのも嫌だという風にいながら、そのくせ、兼続と向かい合わせに座っていた。

男は―――風魔は、苦々しげに口を開いた。

「うぬは常日頃、《愛》だの《義》だのと吐かすが、さてそれはまことか?」

それが厭わしい禁断の言葉でもあるかのように、実に口にもしたくないといった様子だ。

きっと彼にとっては、《愛》と《義》など、胡散臭く、実のない言葉でしかないのだろう。

その言葉に含まれる悪意ある罠を、兼続は一つ一つ丁寧に避け、または取り除いて、きっと男が望まないであろう答えを言ってやった。

「私の信条はその二つに在る。
その二つこそが、民たちを苦しめる戦乱の世を終わらせることのできる存在なのだ。愛を以って戦い、義を以って臨む。これは、我が師、謙信様の戦い方の在り方である!」

風魔は、そのむやみにきらきらとした、耳障りの良い言葉に、吐き気を催したような表情になった。
しかし、兼続は構わずに続ける。

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