戦国無双

□この世でもっとも奇怪で理解不能なこと
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「ふむ」

風魔は、確認するように頷いた。
何度かその動作を繰り返し、そして溜め息をついた。

「やはり平穏だ」

風魔が、家康の命と引き換えに徳川を牛耳るようになってからもう十年が経とうとしていた。
あの生意気な半蔵の隙と裏と不意を突いて、家康の首に凶器を突き出して徳川家を脅した事は、昨日のようにはっきりと思い出せるのだが月日が過ぎるのは早いものである。
半蔵もくのいちも、十年の月日に相応しく年を重ねていったが、風魔だけは、月日の流れすらも彼を縛ることはないようで、容貌は十年前と微塵も変わっていない。


江戸城庭に生い茂る草木の狭間に、申し訳程度についてある細道を風魔は歩く。
格好は、戦闘装束ではなく、普通の着物――派手派手しい柄の女物であったが――を着ていた。
きつく結わえられた赤髪も降ろされ、ゆったりとした太い三つ編みにされてあった。
そしてそれらのものの中でも、何より、目を引くものがあった。
――風魔自身のその表情である。
十年前の戦国時代からは想像も出来ないような、それほど穏やかな雰囲気を備えている。
風魔を知る者は、皆口を揃えて風魔は変わった、と言っているのも、風魔の耳に届いている。
まぁ――半蔵辺りは変わっておらぬなどと言ってはいるのだが――
風魔自身も、自覚はしていた。
それ故に困惑してもいた。

「我は混沌の中でしか生きられぬものだと思っておったのだがな―――」

自ら、凶つ風と名乗り、混沌を愛する魔人として自他共に知られていた魔人であったというのに。
これでは、くのいち辺りに“ふにゃ〜、風魔の旦那も丸くなりやしたね〜”などとふ抜けた事を言われるのも仕方のないことである。

だが、まあ。

「うむ」

今のように平穏な時を過ごすというのも悪くはない。
そう思う自分がいる。
半蔵や稲姫をからかい、くのいちとじゃれ合い、忠勝と手合わせをし、武蔵と碁を打ち、兼続の長々しい説教を聞き流し、幸村と団子を食べ、三成と共にねねに叱られるという日々は、確かに悪くないものであった。

まこと、このような己がそんな日々を過ごせたとは、奇跡としか言えない。



―――なんて、


       戯言。



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