戦国無双
□汝よ甦れ
1ページ/4ページ
千六百年、江戸城下を荒らし回っていた風魔一族の残党と、その首領、処刑す―――
北条氏滅亡後、散々に暴れ回り、盗賊紛いに墜ちた風魔一族を処刑―――という形になってはあるが、本当の、生粋の“風魔一族”ではない。
大概が、風魔の名を騙ったただの夜盗であった。しかし、そういう形を取ってこそ、江戸幕府を脅かす存在はもはやいないのだと全国中に知らしめす事が出来る。
それが、重要であった。
「―――いわば、これは茶番」
琥珀の瞳を持つ男が、緋色の大男に向かって、まるで独り言のように語りかける。
「なのに、何故お前は捕らえられている?」
半蔵は、苦しげにそう吐き出す。巨大な十字架に楔打たれて、幾重にも鎖で縛り付けられている緋色の大男は少しも動かない。
「逃げようと思えば逃げられたのに―――」
風魔は俯いたまま。その長い紅い髪が、風に揺られている。
「否――お前なら、その気になればいつでも徳川幕府ですら潰せたろうに―――」
緋色の大男の青白い貌は、血に汚れていたが、傷一つ無かった。
――この男を捕らえる為に軍隊一つ発動されたというのに、この男はその軍隊を無傷のまま、潰した―――
なのに、ここにこうして縛られ、処刑を待つ身に堕ちた。
「風魔、何か言え」
己より遥かに巨大だった忍に語りかける。半蔵は、悲しげに呟く。それはまるで。
「……どうせ、これもお前の質の悪い冗談なのだろう?」
―お前が死ぬわけがないのだから
まるで、風魔に死んで欲しくないと訴えているようで。
「風魔、これは皆嘘なのだと言え!」
散々己を引っ掻き回しておきながら、お前がそのような終わり方をするなどと、これこそ茶番ではないか―――!
十字架を掴む半蔵の手が、あまりの強さに皮膚が破れ、血が流れる。目の前の風魔は、微動だにせず、何も応えない。鮮血のような紅い髪も、いつもより心なしかくすんで見える。閉じられた薄い瞼で、あの結晶のように冷たい輝きを持つ碧眼が隠されている。
―目を開けよ。風魔―――
そして、その冷たい色の瞳で己を見よ。
「風魔、ふうま、ふう、ま――――」
名前を何度も繰り返し、呼ぶ。紅い髪に指を通す。頬を指で撫でる。
「風魔、ふうま、ふうま―――」
「…………ぞう」
ぴくり、と半蔵の動きが止まる。
ゆっくりと、緋色の大男が頭をもたげた。
「…………半蔵」
聞き慣れた冷たい声音で、己の名前を呼び―――にたりと笑った。
嗚呼。
「ふう、ま」
「そう何度も人の名を呼ぶな―――喧しくて、眠れぬ」
お前は気紛れで、我が儘な奴だ。いつも俺を振り回して、楽しんでいる嫌な奴だ。
「半蔵―――」
また名前を呼ばれた。風魔は、腕を動かそうとしたようだが、幾重にも鎖で縛られた身では叶わなかったようだ。
「半蔵」
風魔は、笑っていた――苦笑、という名の笑み。
「何を泣いている?」
いつも俺を冷たく見下ろしていた碧眼が、俺を優しく見つめている。
「泣いてなどおらぬ」
そう冷たく言い放つ。
そうか―――と風魔は目を閉じた。
嗚呼、目を閉じるな。目を開けよ、風魔!
「ふう、ま」
「――何故、そう何度も人の名前を呼ぶ?」
迷子になった子供じゃあるまいし――
風魔は冷たい笑みを浮かべた。
嗚呼、そうだろうか。今の己は、迷子のように情けない顔をしているのだろう。
それでも、嘲笑われても、半蔵は名前を呼ぶことを止められなかった。止めたら、風魔が遠くへ行ってしまいそうで―――
「風魔、風魔、風魔―――!」
風魔は、呆れたように、苦笑した。
「うぬは、我の名しか言えなくなったのか―――」
言いたいことは沢山あるというのに、それ以外の言葉が出て来ない。
口を開けば、風魔――と言葉がついて出た。
「お前は―――お前、は、こんなところで尽きるのか?」
風魔は、クククと喉を鳴らした。
「混沌はもはや終わった………我は平穏のもとには生きられぬゆえ……」
ならば、と半蔵は言う。
「ならば、風魔、再び混沌を―――」
風魔は、目を丸くさせて半蔵を見た。
「………混沌を望むなどと、うぬらしくない」
確かにそうだ。俺は忍。主に付き従えるもの……主である家康は、混沌を望んでいない。だけれど、俺は―――
「半蔵―――そのような顔をするな」
風魔は、困ったような笑みを浮かべる。
「風魔………」
「……・・・ ・・ ならば、流された涙に応えよう」
風魔は、謳うように言葉を紡ぎ始めた。
「我は死なぬ――風魔は望まれれば、死ぬことは叶わぬ定め―――流された涙の約束のもと―――うぬが望む限り―――再び蘇り、うぬの前に現れよう」
だから、心配いたすな、と風魔は優しく半蔵に笑いかけた。
「風魔」
「約束は、守ろう」
それだけを言うと、風魔は目を閉じて、再び動かなくなった。
いくら名前を呼んでももう応えない。
--