一次創作短編
□階段
1ページ/1ページ
――いつからだろう。
この階段を昇ることが辛くなったのは。
頭上には、限りない段差が続いている。
登りつづける努力を怠ることはできない。
そんなことをすれば、あっという間に階段から転げ落ちてしまうだろう。
随分高くまで登ってきたから、落ちてしまえばこの身はばらばらに砕けるだろう。
墜落した己が、砕けた身体を修復して、繋ぎ合わせて――そして再び登りだすようには、到底思えなかった。
そもそもこの階段を登っているのだって、今まで登ってきたから、登るような、そんなつまらない惰性からでしかない。
―――いつからだろう、この階段を登ることを止めてしまいたくなったのは。
振り仰いで見れば、遥か彼方まで続いてる。しかしあそこまで登ったとしても、誰も褒めはしない。
それは当然の努力として終わってしまうのだから。
額から吹き出す汗は、滝のように流れ、首筋を濡らす。
息はとうに上がり、足は震えて一段一段足を上げる度に、筋肉が痙攣を起こし、片足片足に体重を掛ける度に足は悲鳴を上げ、軋む。
――どうして、登りつづけるのか、分からない。
目的など、目標など、見失った。
今にも、足が折れて、膝をついてしまいそうだ。
俺は頑張った。
こんなにも頑張ったじゃないか。
だけど、努力だけじゃどうにもならないことがある。
仕方ない。
仕方がないことなんだ。
そう、言えたら。
どれほど楽か。
だけど、くじけている俺の心に反して、折れてしまっている俺の気力に反して、諦めてしまっている俺の思考に反して。
俺の足は、歩みを止めない。
階段を登りつづけることを、やめない。
(畜生、)
(畜生、こんなの辛いだけだってのに)
俺が諦めきれない理由は何だ?
意地か?
見栄か?
誇りか?
……そんなんじゃねえよ。
朦朧とする視界を横にずらせば、居た。
声が届かないほど遠くもないが、手を伸ばせば届くほど近くもない。
そんな距離に、奴はいた。
じゃら、じゃら、と奴が段差を上がる度に、足首に纏わり付く鎖が鳴った。
その鎖は今まで、お前が階段を登るために蹴落としてきた者たちの無念。悲しみ。後悔。
そんな重てえものを、その華奢な身で、全部一人で背負って。
俺よりも遥かに険しい階段を登っている。
一段一段、悪意のある棘に足を貫かれ、血を流して、背後からは怨念の鎖で引っ張られ。
そんなものが無くても、ただ階段を登るだけで、死にそうになっている俺のことなんて振り向きもしないで、真っすぐ、頂上だけを見据えて、歩みを続けてる。
その姿は痛々しくて、だけど俺から見れば格好良くて。
(畜生、)
(てめえさえ居なきゃ、俺は諦められたのによ)
何百倍も努力して、そのくせ平然と登りつづける馬鹿野郎が隣りにいるんだ。
登るのを、やめられるわけがない。諦めるわけにはいかない。
いつか。
いつか、一緒に頂上まで登りきることが出来たなら。
いつか。
振り向きもしない奴が、俺のことを見て、認めてくれたら。
何百倍も努力してる奴が、俺を認めてくれれば、それは誰からの称賛よりも、ずっと価値があるものになる。
いつか、いつか。
未来に思いを馳せて、夢を見て。
階段を登り続けていれば。
そんないつか、が来るかもしれない。
(諦めるわけにはいかなくなったんだよ)
今は、まだ俺のことなんて何とも思っていないだろう、冷たい横顔を見ながら。
(見てろよ、てめえ)
(いつか、お前を追い抜いてやるからな)
だから、少年は今日も階段を登りつづける。
あとがき
もう無理。限界。しぬ。と思っても、体はまだ動いていて。
あかん。痛い。しんどい。気絶する。とおもっても、めったに気を失うことなんかなくて。
自分で思っているより、自分の限界はずっと遠かったりします。
/