一次創作短編

□階段
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――いつからだろう。
この階段を昇ることが辛くなったのは。



頭上には、限りない段差が続いている。
登りつづける努力を怠ることはできない。
そんなことをすれば、あっという間に階段から転げ落ちてしまうだろう。

随分高くまで登ってきたから、落ちてしまえばこの身はばらばらに砕けるだろう。

墜落した己が、砕けた身体を修復して、繋ぎ合わせて――そして再び登りだすようには、到底思えなかった。

そもそもこの階段を登っているのだって、今まで登ってきたから、登るような、そんなつまらない惰性からでしかない。




―――いつからだろう、この階段を登ることを止めてしまいたくなったのは。




振り仰いで見れば、遥か彼方まで続いてる。しかしあそこまで登ったとしても、誰も褒めはしない。
それは当然の努力として終わってしまうのだから。

額から吹き出す汗は、滝のように流れ、首筋を濡らす。
息はとうに上がり、足は震えて一段一段足を上げる度に、筋肉が痙攣を起こし、片足片足に体重を掛ける度に足は悲鳴を上げ、軋む。




――どうして、登りつづけるのか、分からない。




目的など、目標など、見失った。
今にも、足が折れて、膝をついてしまいそうだ。

俺は頑張った。

こんなにも頑張ったじゃないか。

だけど、努力だけじゃどうにもならないことがある。


仕方ない。
仕方がないことなんだ。




そう、言えたら。

どれほど楽か。




だけど、くじけている俺の心に反して、折れてしまっている俺の気力に反して、諦めてしまっている俺の思考に反して。


俺の足は、歩みを止めない。
階段を登りつづけることを、やめない。




(畜生、)


(畜生、こんなの辛いだけだってのに)




俺が諦めきれない理由は何だ?

意地か?
見栄か?
誇りか?




……そんなんじゃねえよ。




朦朧とする視界を横にずらせば、居た。

声が届かないほど遠くもないが、手を伸ばせば届くほど近くもない。

そんな距離に、奴はいた。

じゃら、じゃら、と奴が段差を上がる度に、足首に纏わり付く鎖が鳴った。
その鎖は今まで、お前が階段を登るために蹴落としてきた者たちの無念。悲しみ。後悔。

そんな重てえものを、その華奢な身で、全部一人で背負って。
俺よりも遥かに険しい階段を登っている。

一段一段、悪意のある棘に足を貫かれ、血を流して、背後からは怨念の鎖で引っ張られ。

そんなものが無くても、ただ階段を登るだけで、死にそうになっている俺のことなんて振り向きもしないで、真っすぐ、頂上だけを見据えて、歩みを続けてる。

その姿は痛々しくて、だけど俺から見れば格好良くて。




(畜生、)

(てめえさえ居なきゃ、俺は諦められたのによ)




何百倍も努力して、そのくせ平然と登りつづける馬鹿野郎が隣りにいるんだ。

登るのを、やめられるわけがない。諦めるわけにはいかない。




いつか。


いつか、一緒に頂上まで登りきることが出来たなら。




いつか。


振り向きもしない奴が、俺のことを見て、認めてくれたら。




何百倍も努力してる奴が、俺を認めてくれれば、それは誰からの称賛よりも、ずっと価値があるものになる。




いつか、いつか。


未来に思いを馳せて、夢を見て。
階段を登り続けていれば。


そんないつか、が来るかもしれない。




(諦めるわけにはいかなくなったんだよ)




今は、まだ俺のことなんて何とも思っていないだろう、冷たい横顔を見ながら。




(見てろよ、てめえ)


(いつか、お前を追い抜いてやるからな)







だから、少年は今日も階段を登りつづける。









あとがき

もう無理。限界。しぬ。と思っても、体はまだ動いていて。
あかん。痛い。しんどい。気絶する。とおもっても、めったに気を失うことなんかなくて。

自分で思っているより、自分の限界はずっと遠かったりします。


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