一次創作短編

□勇者×魔王
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紅蓮の炎に栄華の証の城が包まれる。
己の覇道に付いてきてくれた部下たちの脈動はもう感じられない。皆討ち取られてしまったのか。もしもの時は逃げて生き延びよと、脱出用マテリアルを手渡してはいたが、ちゃんと逃げ切ってくれたのだろうか。
宿命の戦いだった。因縁の相手だった。けして負けることのできぬ決戦であった。
長らく続く争いに終止符は打たれた。

この俺の敗北という形で―――――――――――。

轟々と炎がすべてを呑み込んでいく。玉座まで火の手はまだ届かぬようであるが、もうじきすればここも火に呑まれるだろう。
きらびやかな調度品が、次々と火達磨になりながら床に落ちていく。
己が生きた証を何一つ残すつもりはないのだろう。その極端なまでの破壊活動に、あいつの本音を垣間見た。
この城に火をつけたのはあいつだ。どんなに綺麗ごとを言おうとも、やはりこの俺が憎くてたまらないのだろう。全てを灰燼に帰さないと気が済まないほどに・・・。
王の証である漆黒のマントはずたずたに切り裂かれ、みずぼらしい襤褸布に成り下がっている。あいつと殺し合いをした末に、剣に腹を貫かれ、もはや助からぬと悟ったからこそ最後の力を振り絞って、この玉座まではいずり戻ってきたのだ。
灰燼に帰そうとしているといえども、この城は俺の生の証であった。俺が心血注いで築き上げたこの城にこそ、俺の人生の全てが収斂されている。
せめて最後まで王として終わりたい。それがこの俺に残された矜持であった。
一度は全ての頂点として君臨した男がこの様である。
城中から崩壊の音が絶え間なく鳴り響いている。
ついに玉座の間の柱も、その役目を終えて崩壊を始めた。玉座にしがみつく俺に向かってゆっくりと、嫌な音をたてながら倒れてくる。
もはや腕をあげることもままならない。逃げることもかなわない。
このまま柱に押しつぶされて、炎に巻かれて醜く焼き爛れていくのだろう。

―――――――ああ、終わる。

宵闇のように黒い男は、紅色の瞳を静かに閉ざし、己の終焉を受け入れようとした。
―――――――その瞬間。
星々の煌めきを凝縮したような、眩い黄金が一閃した。
遅れて、今にも男を押しつぶさんとしていた柱の残骸が、縦に真っ二つに裂け、地響きを起こしながら床に倒れこむ。

「!?」

何が起こったというのだ。
混乱した男は苦痛と酷い倦怠感に苛まれる体に鞭打って、視線を向ける。
柱の残骸が倒れこんだ衝撃で舞い上がった土煙が晴れていき、そこに立っている人物が視界に入った時、男の紅色の瞳は驚愕で大きく見開かれた。

そこに立っていたのは、先ほどまで男と死闘を繰り広げていた――――――勇者その人だったのだから。

その人は“約束された勝利の剣”を片手に、悠々と不敵な笑みを浮かべている。
魔王である男との激しい死闘によって白銀の鎧は半壊しており、闇の中でも輝くような美しいブロンドヘアは煤で薄汚れている。白く、なめらかな陶器のような肌にも無数の傷がついており、よく見れば息が上がっているのか肩が小刻みに上下している。勝者である勇者もけして軽傷ではないことが伺えた。
だけど、その美しい透明な空色の瞳は、力強さを失っておらず、ひたと魔王を見据えている。
こいつの前で無様な姿など見せられぬ、その一心のみで動かない体を無理やり持ち上げ、何がおかしいのか微笑む勇者を睨み付けた。

「やあ、無事だったかい魔王くん」

朗らかに片手をあげて、既知の仲にするかのように勇者は声をかけてきた。
こいつはいつもそうだった。まるで俺が魔王であるということを知らぬかのように接してくる。この俺を唯人と同じように扱おうとする。

――――――――――ふざけるな。

此の身はかつて世界を掌握した王である。誰も及びのつかない畏敬の対象であるのだ。
男はその自負を強く持っていた。だからこそ、気軽に笑いかける勇者が憎たらしくてたまらなかった。
此の身は魔王である。そして、其の身は勇者であろう。
魔王と勇者。
この両者は相反するものであり、宿命であり、因縁の相手である。
憎み合いこそすれ、親しきものにするように笑いかけるなどとあってはならぬことだ。

「・・・何故ここにいる」

喉からまろび出た声は、掠れた吐息に似たものだった。
己の無様さに眉をしかめると、勇者の不思議そうな声が返ってきた。

「なぜって・・・君を助けに来たんだよ」
「貴様は勇者だ!ならば魔王であるこの俺を助ける道理はない!」

魔王と勇者。
この両者の関係はお互いのどちらかが力尽きるまで殺し合う間柄だ。それこそが勇者と魔王に相応しい関係である。
だというのにこの勇者は、それを覆して炎に包まれる城で、魔王を探していたというのだ。

――――――――理解できない。出来るわけがない。

「私が君を助けちゃおかしいのか?」

勇者は男の言葉が心底理解できないと、首をかしげた。
カツン、と勇者が一歩踏み出した音がやけに大きく響いた。

「貴様は勇者だろう!?勇者の役目はこの俺、魔王を殺すことのはずだ!」

「・・・そうだな、確かに私は勇者だ」

魔王の証である漆黒のマント、勇者の証である“約束された勝利の剣”。
代々の勇者と魔王はそれらの一品を身に着ける。その持ち主である勇者と魔王の憎しみ、殺意、皆全てを受け継ぐ・・引き継いでゆくのだ。それを身に纏い、使えば使うほどにその憎しみの影響下に置かれていく。
だからこそ勇者と魔王は理解しあえない。代々殺し合っていった。今回の代もそうなるはずだったが、勇者はあっけからんと笑ってこういった。

「憎しみなんて関係ないさ。私は私だ。顔も覚えていない、一度もあったことのない人なんぞよりも、今のお前と向き合いたいしお前のことをよく知りたい」

俺の覇道に立ちふさがり、何から何まで邪魔をし尽してくれた、どうしようもなく目障りで癇に障る、不愉快なあいつは―――――――勇者の称号を持つ、光り輝くような黄金の女は恋をしているかのように甘く微笑んだ。

「初めて君に出会った時から、君に恋しているよ」

ふざけるな、と言いたかったが、その黄金の煌きに目を奪われ口ごもってしまった。沈黙を受容とみなしたのか、勇者は己の倍はある魔王の体を抱き上げ、焔に包まれ燃え落ちる城から駆け出した。
女の腕の中で、どうせ一度は死んだ身なのだ、残りの余生くらい女に付き合ってやってもいいか、と思い、意識を手放した。


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