戦国無双

□黄金と緋色と光と
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沈みかけた夕日を男と共に見つめていた少女が問う。

「夕焼けは、何故あのように赤く、美しいのじゃ?」

男は暫く黙り込み、何事かを考えてから口を開いた。

「夕焼け…それは一日の終わり、力の限り輝いた太陽が最後に天を照らし消える寸前の煌めき……。陽が身を焦がすようなこの熱き恋心よ、天に届けと願い唄う詩よ……」

緋色の男は、夕焼けに染まった空を見上げた。
少女は、そんな男を見上げている。
謳うように太陽の物語を語る男の薄い唇を、じっと凝視している。

「些細な事に心乱れ憂える…それは時として赤き血を流す切なき調べ……恋する者の笑顔は星空との出会いで一層赤く輝き、必死にその命燃やして生きるその姿は赤き煌めきと共に人々の心に宿り、その鮮烈な残光は心動かす……天照が最後に初めて見せる切なく甘い、何よりも美しい笑顔なのだ……故に人々はそれを美しいと感じ、故に人々は哀しき光と思う………」

語り終えた男は、少女を見下ろす。
少女は、混乱したように首を傾げていた。

「うぬにはまだ難しいか……」

ククク、と笑われ、少女は顔を赤くした。

「恋心というものは……夕焼けのように切なくて、美しいものなのじゃな」

その言葉に、緋色は頷く。

「いずれうぬにも分かる時が来ようぞ」

少女は、暫く俯いて、何事かを考えていたようだが、ぱっと顔を上げる。

「そなたも……そなたも、恋しておるのか?」

少女の言葉に目を丸くする男を余所に、少女は男の緋色の長い髪に触れる。

「だからそなたの髪は赤いのか?」

ようやく驚きが収まってきたのか、大男は一層大きな声で笑う。

「我の髪が赤いのはそのような可愛いらしい理由ではない」

きょとんとする少女を見て、更に愉快そうに口許を歪める。

「我の緋色は、人々を食らって来た証。罪を重ねて来た罪深い緋色なのだ」

つい、と少女の白く細い顎に青白い指を当てて、顎を上げさせる。

「……うぬも、食らってやろうか」

邪悪に歪んだ凄絶な笑みがその青白い貌に浮かぶ。
しかし、少女は少しも怯えた様子はなく、きょとんと無防備に緋色の大男を見上げている。

「ならば何故そなたの髪は、そんなにも美しい赤色なのじゃ?」

罪というものは醜いものではないのか?と、まこと、不思議そうに見つめてくる少女に、目を丸くさせた男は。

「……ククク」

元より本気で食らうつもりは無かったらしく、あっさりとその顎から手を離す。

「我は……、我こそが、古よりの人々の闇が生んだ罪と罰の申し子。生まれ落ちたその時より光の元で生きられず、限り無い闇の内にいてこそ安穏する魔物ぞ」

男は無機質な声でそう言う。

「ふむぅ、そなたは闇が好きなのじゃな。ならば真っ暗な中、迷子にならぬようにわらわが手を繋いでおこうぞ」

そう言い、少女は己の何倍もある大きな手を両手で握り締める。
男は、そんな少女を苦笑しながら見つめていた。
気がつけば、夕日はとっくに沈んでいて、辺りは真っ暗であった。
漆黒で塗り固められた天には、きらきらと素朴に輝く星々が散りばめられている。

「闇というものも、悪くないのう。わらわも好きじゃぞ」

少女は、にっこりと男に笑いかけた。
男は、そんな少女を暫く見ていたが、星空を見上げて、ぽつりと零した。

「うむ、これで分かった。やはりうぬは馬鹿だ」
「なっ、なんじゃと!」

すぐにぷうと膨れる少女の顔を見て、男は楽しそうに笑った。
笑って−−手のひらの温度にほだされたのか−−全く男らしくもなく唇から優しい言葉が零れた。

「我は、そんな馬鹿が嫌いではない」

すると、すぐに機嫌を治したようで、少女はにこにこしながら、
ぎゅっと握る手に力を込めた。

「わらわもそなたの事が好きじゃ!」

これでそなたともダチじゃな!と嬉しそうに言う少女に、この馬鹿が、とこれまた何処となく嬉しげに言う男。




星空がそんな二人を照らしている。

「決めたぞ。そなたが光のもと生きられぬと言うのであれば、わらわがそなたの光になろう」
「ククク……期待しないで待っておいてやろう」





緋色の大男と、純真な少女は、にこにこと手を繋いで星空を眺めていた。


こんな闇なら悪くない。



お月様が、そう笑ったように見えた。




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