頂き物


□『雨天恋愛譚』
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生憎の雨が降る日、逢魔ヶ時を過ぎた頃。

サーカスの団員は練習に励んでいた。

「ねぇリオ、ちょっとそこの玉投げてちょうだい」

三つの大玉に乗った少女のクロが近くにいた青年に声をかける。
反応して見上げてきた青年、リオの表情は何故かあまり芳しくない。

「…それ以上は危ねぇだろ」

もし落ちたら身軽な彼女でも危ない高さだと心配しているようだ。
だがプライドの高いクロにとっては逆効果だったのか、思い切り睨まれるリオ。

「舐めないでもらえる?私ならサーカスの天井までの高さだって大丈夫よ」

「舐めてねぇ。ただ怪我して欲しくねぇだけだ」

「ぅわぁ〜お、リオ君やっさし〜いっ」

突然後ろからMr.ベアが現れ肩を組む。
本当に突然でリオがビクッと肩を震わせた。

「ミ、ミスター…」

「いやぁそんな科白、君くらいのイケメンが言ったら素晴らしい口説き文句だよ〜!何それ天然?天然タラシなのかねチミィ?」

完全に酔っ払い並のテンションだが、これがミスターの通常運行である。

だが言われて改めて自分の科白に羞恥を覚え、リオは顔を真っ赤にする。

「な、に言ってんすか!俺はその、ただ純粋に心配で…!」

「おほ〜!耳まで真っ赤!!クロちゃぁん、リオ君がクロちゃんに脈アリぽいよぉ〜!」

「ッミスター!!」

上で成り行きを見ていたクロが笑った。

「やだミスター、冗談やめてよ。私は団長一筋だって言ってるのみんな知ってるわよ」

「そこはほら、切なぁい片思いなワケさ!
う〜ん、いいねぇ恋する青しょモガッ」

収集がつかなくなりそうだったのでリオはミスターの口を手で塞ぐ。

「だから違うんす!クロも乗んな!」

「え?だって私の演目【玉乗り】だし」

「返しがオッサンだ」

「ミスター菌だ」

クロの後ろで練習していたピグとマーモがからかった。
これにはクロだけでなくミスターも反応する。

「お…オッサ…ッそれこんな若い女の子に言う?!」

「え〜、オジサンは菌撒き散らしてなんかないよぉ」

「「オッサン、オッサンミスター菌♪アハハハッ」」

二人の反応に喜び、ブランコを使って跳ね回る双子。

「降りて来なさいバカお猿!」

「バカじゃないから降りないよーだ」

「マーモちゃんパンツ見えるよ〜」

「見せてもだいじょぶだもーん」

その騒ぎの中、クロの乗っている玉が僅かぐらついたのにいち早く気付いたのはリオだった。

「クロ!危ねぇ!!!」

叫んだが時既に遅し。玉がバランスを崩して落下した。

「あ………キャアアア!!!」

玉と共に宙に舞う細い体。

「チッ…!」

舌打ちをしてリオは走り出す。

先に地に着く玉を避けながら、クロを抱き留めるようにして受け止めた。

「ッ…!」

「キャッ!!」

当然まともな受け身は取れず背中を地面に強打する。

数秒の出来事をぽかんと見ていたミスターが拍手した。

「おぉ〜、リオ君かっこいい〜」

「暢気ミスター!そうじゃないよ!」

「リオ、クロだいじょぶ?!」

慌てて降りてきた双子が喝を入れつつ駆け寄る。
マーモの呼びかけにリオは片手を上げ、クロは起き上がり「大丈夫」と返事をした。

「あ、の…ごめんなさいリオ…背中、痛い?」

中々起き上がろうとしないリオが心配になり覗き込む。
だがリオは答えず、苦笑を浮かべて彼女の頭を撫でた。

「悪い…腕、擦りむいたろ」

クロの翡翠の瞳から涙がこぼれ落ちる。

「ッお馬鹿!私そんな事聞いてないわよ!あんた、が大丈夫か…ッて…!」

「泣くな…困るから…」

指で拭ってやっても次々と流れ落ちる涙。

「ぅ…うわぁ〜〜んっ!」

ついには抱きついてきて本格的に泣き出したクロに、リオはゆっくり体を起こして再び頭を撫でた。

「だから泣くなって…」

「うわあぁ〜んっ!う、う…ヒクッ…!ごめ…ごめ、なさ…ふえぇ…」

「泣かせた!リオ泣かせた!」

「でもリオほんとに平気?」

「…あぁ」

曖昧な笑顔しか返さないリオに訝しげな顔をするマーモ。
嘘をつけない性格のリオだ。はっきり平気だと言えないのはつまり。

「リオまさか…」

「はいは〜い、ミスターが通りまぁす〜」

緊迫した空気をぶち壊すように何処かに行っていたミスターが暢気に自転車に乗って現れる。

その後ろには見慣れた兎耳。

「クロちゃん、リオ君!大丈夫ですか?」

聞き慣れた安心出来る声にクロが涙でグシャグシャの顔を上げた。
姿を確認した途端飛びつく。

「ッ団長!」

「クロちゃん、どこか怪我しまし…あ、腕擦りむいちゃってますね。痛かったでしょう?」

穏やかに微笑むシャッポにクロは首を振った。

「私はいいの!リオ、リオが…!」

「リオ君?」

「「背中痛いみたい」」

「ッおい、俺ンな事一言も…!」

「「だってだいじょぶって言わなかった」」

双子に指を差されしどろもどろになっているリオを見て、シャッポが再び笑む。

「ピグ、マーモ。リオ君は大丈夫です。クロちゃんにくっつかれて緊張しちゃってるだけみたいですから」

「なぁんだ」

「リオも男の子だね」

納得した双子がいつもの調子に戻りからかった。
笑顔のままシャッポが成り行きを黙って見守っていたミスターに目配せする。

「クロちゃんを」

「ん?………OK♪
ク・ロ・ちゃんっオジサンがホットミルク入れたげるから控え室行こうか?」

シャッポにしがみついたままのクロがまだ涙の流れる目でミスターを睨んだ。それはもう不信感いっぱいの目で。

「…変な事しない?」

「嫌だなぁ、オジサンこう見えて紳士よ?弱ったオンナノコ襲うなんて、団長に誓ってしません!」

「………」

「ふふ…クロちゃん、トトが控え室にいますから一緒に腕も治療してもらって下さい」

「トト先輩が…?なら、行こう…かな」

漸く納得しておずおずとシャッポから離れるクロ。

「あれ〜?オジサンへの信頼ゼロ?やだショックゥ〜」

泣き真似をして崩れ落ちるミスターに呆れて、クロが頭をつつく。

「ちょっとミスター!控え室行くんでしょ!」

「うん………あ、クロちゃんパンツ見えへぶぅ!」

「次は拳じゃなく蹴りかますわよ…」

いつものノリで去って行く二人を見送った後、シャッポはこっそり逃げようとしていたリオの服の裾を掴んだ。

「ッ!!」

「リオ君?キミは団長のお部屋まで」

「………っす…」

諦め、肩を落としてリオはシャッポと共に歩き出した。










‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥










所変わって団長の部屋。
扉に鍵を掛けたシャッポの顔から笑顔が消えた。

「リオ君」

「…はい」

「まず服を脱いで下さい」

「………」

「リオ君」

「………」

「いい加減にしなさい!」

怒鳴られ、肩を震わせるリオ。
普段温厚なだけに、怒った時の迫力は桁違いだ。
恐る恐る表情を窺うと、丸い目が怒りにつり上がっている。

「キミがしているのは唯のやせ我慢です。みんなに心配をかけたくないと本当に思っているなら悪化する前に素直に言いなさい!」

ここで一息ついたシャッポは、俯いてしまったリオの頭を撫でた。

「…見られたくないものがあるんですよね…?」

「ッ?!」

「大丈夫、団長は誰にも言いませんから…診せて下さい」

優しく、ゆっくりと。
巧みな飴と鞭に絆される感覚を感じながらリオはクシャ、と髪を掻き上げる。

「団長には…一番見られたくなかったンすけど…」

こんな醜い所。

服を脱ぎ、背中をシャッポに晒す。

「………!」

さっき打ちつけた時に擦った傷の他に、背中を袈裟懸けに走る大きな古傷。
細い指でなぞりながらシャッポが問う。

「リオ君、これ…」

「………まだ、ぬいぐるみだった頃に、犬に裂かれた、だけなんで…痛くはないっす」

自嘲気味に笑った。

「あんま、みっともないんで…見ないでもらえたら「みっともなくなんかない!」

声を遮られ、驚いたリオが振り向こうとした途端、



 チュ



軽いリップ音と、背中に柔らかな感触。

それが何なのか、理解するのにさほど時間はかからなかった。
顔が茹で上がったタコよろしく赤くなる。

「ッだ、団長ッ!な、ななな何し…」

「ん、」

更に湿った…恐らく舌で傷をなぞる様に撫でられ、体が跳ねた。

「ぅあッ!!だ、んちょ…」

「ふ、ぁ…ん、む…ッ」

「〜〜〜ッ!!」

先程ミスターにクロに気があるのではとからかわれたリオだが、実はこの性別不明のシャッポに片思いをしている。
故にこの状況は非常に拙い。主に理性が。

勢いよく振り向きシャッポの肩を掴んで引き離した。

「ぁ………」

「ッ何、すンすか…!」

「?治療ですが」

「は…はい?」

にっこりといつもの柔らかな笑顔を浮かべるシャッポ。

「ぬいぐるみの頃の傷なら、私治せます」

「え………?」

後ろの鏡で確認すると確かに古傷が綺麗に消えている。

「ね?みっともなくなんかないでしょう?」

「………へ、ぁ…?」

リオの肩に腕を回して優しく抱き締めた。

「もっと頼っていいんですよ?特にリオ君は全部一人で抱え込むから…」

甘い香りと、柔らかな体。
たまらず抱き締め返す。

「団長…」

「はい。なんでしょう」

「しばらく、こうしててもいいッすか?」

「…いいですけど…寒くないですか?」

「平気です。団長あったかいんで」

「ふふ…風邪引いても知りませんよ」

そう言いながらも抱き締める腕は緩めないシャッポはやはり優しい。

改めて実感する。



―――この人が、好きだ…



















「クロ…」

「リオ。どうしたの?」

「さっきの騒ぎで、言い損ねてた」

「?」



「団長は、渡さねえから」



常にない強気な笑顔でそう言ってのけたリオに、クロは満足げに笑ったという。
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