頂き物


□相互記念『桜魔ヶ時』
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【戦績としては引き分けです。】





お?こんにちは。あんたら夫婦かい?こんな急な峠を登って大変だったろう。
新婚旅行か、はたまた夜逃げの最中か…そう構えなさんな、追及はしねぇよ。この峠を通る奴ぁ俺含め皆訳ありだからな。

だが、これから北に向かうってんなら一つ、注意しとく事を教えてやろうか。ちょいと長くなるが平気かい?なら其処の岩にでも掛けてくれ。



―――さぁ始めようか…巻き込まれてはいけない、役人のはた迷惑な恋噺を…










その役人は、常冬の地で知らぬ者のいない名家の生まれの年若い青年。父親が早くに他界したから齢18で現役人になった。
ただこれが困った放蕩者で、酒をひっかけては賭場や遊郭に入り浸ってたらしい。
おかげでその辺の地域は盗った殺ったの無法地帯。

…ん?ああ、そうだな、奥方ぼーっとしてるから気を付けた方がいいな。



続けるぜ?その役人が賭場荒らしとまで噂される程になったある日。
初めて入った賭場になっている廃寺。

そこで役人は驚くべき光景を目にした。

「―――これは…」

そこでは若い女が自分の躰を賭けていたんだ。

不思議だよな、遊び慣れてる筈の役人が何故驚いたか。
実は躰を賭ける賭場なんて北の界隈じゃそこだけで、更にその寺が賭場として使われている事を知ったのがごく最近だったんだよ。しかもその賭場、居待月しか開かれず口の端に上がる事もないとなりゃいかに役人といえど知らなくて当然って訳だ。

ま、そんな訳で暫く呆気にとられていると入口近くにいた女が

「お役人様!」

と声を上げた。それを皮切りに周りの女が駆け寄る。
役人様となれば若いし金はあるしだから取り入っておきたいんだろう。

「初めて此方にいらっしゃいましたね」

「噂に違わぬ器量です事」

「どうです?私と遊びません?お役人様が勝ったらこの躰、好きにして下さって構いません」

我先にと寄ってくる女達に、遊び慣れて似たような女をごまんと見てきているから辟易する役人。

やがて今まで賭けをしていた女でさえそれを投げ打って寄っていく騒ぎになり、他の『客』から非難の声が上がる。

「オイ何やってんだ!テメェの負けにするぞ!!」

「うるさいわね、あんたらみたいな金無し相手にしてやるもんかい!」

「ンだとこの女ぁ!!」

「お役人様、さぁ此方へ…」

「え、いや…」

「ちょっと何抜け駆けしてるのよ!」

「こっちが楽しめねぇじゃねえか!やるならさっさと選んでくれよお役人様よぉ!!」

酔った輩もいるせいで、愈乱闘騒ぎになるかと思われた瞬間。



 カァンッ



と金属音が響いて、賭場は静まり返った。

寺の最奥にいる賭場の頭が吹かしていた煙管の雁首を火入れにぶつけたようで、たばこ盆に散乱した火種。
その賭場頭、年は役人と変わらない青年だが灰を被った様な髪色と鋭い目つきがそれを感じさせない威圧感を出している。

「…此処で暴れよう、ってんなら身包み一式置いて帰って貰おうか。
出来なきゃ、全部剥いでやってもいいんだぜ?」

静かな声だったが、響きのいい寺の中にその声はよく通った。

皆の視線は賭場頭が懐に入れている手に集中して、誰も動こうとしない。
否、動けなかった。

というのもその賭場頭、裏でちょいと名の知れた暗器の達人だったんだよ。下手に動こうもんなら首を飛ばされるかもしれない。

そんな恐怖のせいで先の賑わいから一転、張り詰めた緊張感の走る寺の本堂。

賭場頭の視線が中を一巡する。それが相当怖かったのか、目が合った奴の中にゃ倒れる輩も出る始末。

「………」

それでも物の怪の術にかかったかの如く誰も動けない空気を破ったのもまた賭場頭だった。

「フー………今日はもう終いだ、帰ってくんな」

と懐から出した手の中には、賭場頭が賽子で賭博をする際に愛用するカゴ。
皆が安堵の溜め息と共に忙しなく帰り支度を始める。

「…で、あんたは何の用で此処へ?」

唯一人、帰るどころか賭場頭の前まで歩み寄って来た役人に、賭場頭は先程散らかってしまった灰を片付けながら話しかける。

「どうせ女抱きたかったんだろうけど…残念ながら、見ての通りだ。帰りな」

「アンタの事は、抱いても?」

役人の発言に動きを止める賭場頭。
今見た光景で、男である賭場頭も体を賭けているなんて発想、普通はねぇからな。

まさかと一度役人の顔を確認して、その目が本気だと判るや賭場頭は腹を抱え笑い出した。

「は…あはははははっ!!

あんだよ、それ…!俺の噂を知って勝負するって事か…?」

実はこの賭場頭も相当な遊び人でな。
北の地を巡って賭けをしては全て勝ってきたんだ。勿論イカサマ無し、持ち前の強運のみで、だ。

「知ってるよ『大吉持ちの灰猫』さん」

と役人が挑戦的な笑みを浮かべた。

…あ?どうした奥方。

異名の意味?あぁ、まんま賭場頭の強運と稀有な髪色、後は…そうだ、気分屋な性格だよ。

そして役人の噂を知っている賭場頭も役人と同じく笑った。

「はっ!上等だ『賭場荒らしの紫百合』

お前さんの負けなし記録、此処で終わらせてやらぁ」

しまいかけていたカゴと二つの賽子を出し、回転をつけて床に放る。

タァンッという軽快な音と共に賽子はカゴに覆われた。

「さぁ…丁、半どっちだ?」





さて旦那さん、あんたはどっちが勝ったと思う?

………当たりだ。結果は役人の勝ち。賭場頭はその場で抱かれたのさ。

だがこの噺はまだ終わらない。

なんとその役人、そのまま賭場頭を自分の屋敷に連れて行っちまったんだ。
勿論治安の荒れ果てたその地で刑罰を与えるわけでもなし、毎夜玩具にするわけでもなし。ただただ抱き締め、傍に置き続けた。

「好きだ…愛してるよ、ボリス…」

そう、その役人は賭場頭に惚れちまったらしい。

男抱く時点で酔狂だとは思ってたがまさかあそこまでたぁ思いなんだ………あぁ何でもねぇこっちの話。

で、賭場頭は賭けを禁止された上に軟禁されるもんだから堪ったもんじゃねぇと隙をついて逃げ出した、と。

それを探して役人が血眼になってっから、仮に灰色の髪した奴と会っても決して言っちゃ駄目だ。

しつこく聞かれるぞ、そいつの状態はどうだっただの、飯はちゃんと食ってたかだの他の奴に抱かれた形跡はなかったかだの…
他人の恋にお節介焼いてやる程暇じゃねえだろう?

おっと、長くなっちまったな。俺の噺は以上だ。悪ぃね、お二人の邪魔して。

それじゃくれぐれも気を付けて。










「そこの夫婦、ちょっといいですか?」

………

はい?何でしょう?

「人を探してるんですが、灰を被ったような髪をした男を見かけませんでしたか?」

………

見てませんが…その方のお話なら聞きましたよ。お役人様の想い人なんですよね?

「え…?」

…馬鹿。

ほ?だって言ってましたよね。

「そこまで知ってるのは彼だけです」

え、そうなんですか?

ハァ…

「ボリス…彼は元気でしたか?やつれたりしてませんでしたか?まだ一人でいるんですか?」

ほ、ほ?

…あいつから、お前は酔狂だと聞いた。
嫌われてると思いはしないのか?

「う゛…やっぱり、そう思いますか…

でも、だったら逃げるのではなくはっきり言ってもらいたい。それなら返事が是でも非でも俺は受け入れます」

お役人様………あの、今なら峠に向かえばいると思いますよっ。

…寧ろ待ってるかもな…

「………ありがとう。引き止めてすみません」



………言っちゃって、良かったですかね…?

待ってると言ったろ。



あいつが座っていた岩に敷いていた布…見なかったか?










「ちょいとそこの行商の兄さん、簡単な賭けして行かねえかい?」

岩に座り込んだ灰色がちょいちょいと手招きした。

「賭け?俺あんま時間ねえけど…」

「ああ、ちょっとで十分さ。実は俺ぁ人を待っててね。兄さんが行かなきゃなんねぇ時間までそいつが来るか来ないか…あんたが勝てばこの小太刀をやる。負けても俺は見返りをもらわねぇ。
どうだ?悪くねぇだろ?」

「うん…だな。いいぜ、その賭け乗った!
…じゃあ…来ないに賭けようか」

賭けが成立した所で、待っている間暇だろうからと二人で岩に腰掛け旅の話に花を咲かせる。

空が茜色に染まる頃、行商人が立ち上がった。

「さて、時間だ。悪いが賭けは俺の勝ちだな」

「いや…俺の勝ちさ」

「へ?」

切れ長の瞳が見つめる先には、よく目立つ紫の着物。

岩から降りた灰色がずっと敷いていた中羽織を肩に掛ける。

羽織には、紫百合の紋。



「負けっぱなしで堕ちてやるつもりはないんでな」





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