‡腕の中の真実‡

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結局駄目とは言えないまま、今日は花見当日。

場所を花見の会場に移す間もその後も、終始楽しげな名無しさんとは対称的に不機嫌そうな一八。


「名無しさん様、やはり我々は…」

「ダメです、みんなで楽しまないと!」

一八の表情を窺いながら遠慮がちに言う黒服たちに、しかし名無しさんは譲らない。


「あ、でもひとつだけお願いをしていいですか?」

そうした後名無しさんはそう切り出し、SPの男たちに何やら頼みごとをした。


そして、少し離れた所で睨みをきかせている一八に向き直る。

「一八さん…」

名無しさんは一八をじっと見つめた。


「……」

一八はそんな名無しさんをにらみ返す。


しばらくのにらみ合いの末、軍配は名無しさんに上がった。

くそっ、と小さく悪態をつき、観念してシートにどかりと座る一八。


「注げ」

「はい!」

グラスを差し出す一八に、名無しさんは嬉しそうにお酒を注いだ。

それを見た全員が密かに安堵のため息をついたのは言うまでもない。


「後でおぼえておけ」

そんな一八のセリフに、名無しさんだけは一抹の不安を覚えてはいたのだが。


それでも名無しさんは、その後一八と黒服たちの間を忙しく動き回りながら、その時間を楽しんだ。

皆もそんな名無しさんにつられ、時には一八にお酒を注いだりもしながらひとときの平和な時間を楽しんでいた。


そんな空間の中で、一八を包む空気も少しずつやわらかくなっていった。

そして日が暮れる頃には、一八とほとんど呑んでいない名無しさんだけを残し全員が酔いつぶれていた。





「片付けは終わったのか」

美しく咲き誇る桜をぼんやりと見上げていた名無しさんを、一八が後ろから抱きしめた。


「一八さん…」

名無しさんはその腕にそっと触れる。

「今日はわがまま言ってごめんなさい。でも、ありがとうございました」


「お前のことだ、あいつらにも息抜きをなどと考えていたんだろう」

名無しさんの言葉に、一八はそう言ってふんと笑う。


「やっぱり一八さんは、何でもお見通しですね」

名無しさんはふふっと嬉しそうに笑う。


文句を言いながらも、名無しさんのことをよく分かってくれているのが一八で。

名無しさんはそれが、たまらなく嬉しかった。





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