‡滅紫の花の名は‡
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「お帰りなさい、仁」
「ただいま、名無しさん」
仁は三島財閥の持てる全ての力を使い、その甲斐あってか名無しさんはかろうじて一命を取り留めた。
仁に向けられる笑顔だけをとってみれば、それは二人が袂を分かつ前となんら変わることはなかった。
だが、名無しさんは一つとても大切なものを失っていた。
それは、記憶のすべて。
数十箇所の骨折が癒えリハビリが済んだ今になっても、それは戻らなかった。
同時に名無しさんの中のデビルも鳴りを潜めていたが、それとてどのようなきっかけで目覚めるか分からない状態だった。
ただ体に染み込んだ記憶は残っているようで、リハビリの一環として、そしてそれが終わってからも名無しさんは毎日仁と組手をした。
仁にしか相手ができないほどの強さを誇る名無しさんの格闘スタイルは、やはり三島流喧嘩空手だった。
仁のことも一八のこともそれらに関する全てのことも、何一つ覚えていない名無しさん。
だから今、名無しさんは目覚めた時からずっとそばにいてくれる仁を慕っていた。
何も憶えていなかったから。
仁が自分を助けてくれたと信じていたから。
名無しさんを傷付けたのは自分だという罪悪感に苛まれる仁を、知らなかったから。
仁は名無しさんを自分のマンションに連れて来て、そこで一緒に暮らしていた。
が、最近はそれを後悔するようになっていた。
なぜなら、仁は名無しさんを愛しているから。
あの時の名無しさんの言葉を、自分の都合のいいように解釈してしまいそうになるから。
名無しさんの全てを自分のものにしてしまいたいという衝動が抑えられなくなってしまいそうだから。
その名無しさん自身は、記憶を失っているというのに。
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