‡滅紫の花の名は‡
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「あなたが…三島、一八さん…?」
「…どういうことだ」
G社ビルの最上階、一八の執務室で再会した名無しさんと一八。
結局負けたのか情けない、と意地の悪い言葉のひとつでもかけてやろうと思っていた一八だったが、その名無しさんの口から出た言葉に驚きを隠せない様子で問い返した。
「ごめんなさい、記憶が…なくて」
『――会えば分かる』
「…そういうことか」
仁自らが連絡を寄越し言った言葉の意味を、一八はようやく知る。
そしてもうひとつ不可解だった、その時のどこか苦しげな仁の声音。
目の前の名無しさんを見て、そちらもようやく理解した。
仁の名を口にした時の穏やかな瞳、首もとに薄く残された痕。
仁は名無しさんを愛し、そして名無しさんもまた仁を愛しているのだということを。
そうして仁の目的を理解した一八は、ふんと小さく笑った。
全てを思い出した時、名無しさんは自分を愛してしまったことを後悔し絶望するかもしれないと仁は思っていた。
名無しさんは自分を殺すためにデビルの力を手に入れ訓練を重ねてきたのだし、その名無しさんを自分も殺そうとしたのだから。
そして、たとえもとの記憶の代わりに今の記憶が消えたとしても、自分が助けたと知ったら名無しさんにとっては屈辱だろうから。
だから仁は、名無しさんを手放した。
一八のもとにいれば、また自分を殺しに来てくれるだろうから。
全て憶えていたとしても、きっと後悔して殺しに来てくれるだろうから。
そもそも初めから連れて行かなかったのも、無理やり連れて行っても名無しさんはすぐに自分のもとから飛び去ってしまうと分かっていたから。
だから自分を憎むように仕向ければ、自分を殺すために、戻って来てくれると思っていた…。
どうしようもなく名無しさんを愛し…愛しすぎたが故わずかに歪になってしまった仁の愛情を、しかし一八も理解できないこともない、と感じていた。
そのために…自分のところに戻ってくることを確かめるために、一八も訊いたのだから。
仁を殺した後、どうするんだと。
勝てば次に自分を倒すために。
負ければまた仁を倒すために。
自分の中に間違いなく生まれていた馴染みのない感情には、気付かないふりをしたまま。
しかしなのかだからなのか、一八は思う。
――貴様のもとへ飛んで帰るための羽だけを与えるようなことはせんぞ。
たとえ名無しさん自身が貴様を恋しがっても、だ。
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