‡腕の中の真実‡

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重い瞼を持ち上げると、見慣れた天井が目に飛び込んでくる。

そのままゆっくりと首を動かすと、その視線は自分を見つめる紅い瞳にぶつかった。


「かずやさん…」

掠れた声でその瞳の持ち主を呼ぶ。


しかし一八は椅子に座ったまま動かず、手に持った携帯を操作し耳にあてた。


「すぐに来い」

ひと言だけ言うと携帯を無造作に放り投げる。


「失礼します」

直後、部屋の外に控えていたと思われる早さで誰かが入ってくる。

そちらに目をやると、白衣を着た初老の男が名無しさんに向かってにこりと笑った。


「先生…」

男は、G社に常駐しているドクターだった。


「気分はどうですか?」

訊ね、ドクターは瞳を覗いたり脈を測ったりと名無しさんの体の様子を調べていく。


「先生、私…?」

「あなたは一週間眠っていたんですよ」

不安げに訊ねた名無しさんにドクターは答え、

「ですから、食事は軽いものからです。後で用意させますね」

そう言ってまたにこりと笑う。


「すみません、ありがとうございます」

「とんでもありませんよ」

お礼を言う名無しさんにそう返したドクターは、それから、と一八を振り返る。


「一八様、名無しさん様はもう大丈夫ですから、一八様もどうか少しお休みいただけますよう」

椅子に座ったままの一八に向かってそう言うと、一八の返事は待たずぺこりと頭を下げ部屋を出て行った。





その後、部屋を支配した沈黙を破ったのは名無しさんだった。

先ほどのドクターの言葉が気になっていた。


「寝て、いないんですか…?」

「……」

名無しさんの問いかけに、しかし一八は名無しさんを見つめるばかりで答えない。


「ごめんなさい…」

「馬鹿野郎が」

「…っ」

低い、怒りを含んだ声が突き刺さる。


目をそらす名無しさん。

しかし続いた言葉にはっとする。

「あいつは…仁はいずれ決着を着けなければならん相手だ。お前がいようがいまいが…関係ない」


そう言った一八を見つめた名無しさんは、でも、と小さく呟いた。

そしてずっと寝ていたために軋む体を、まだ無理はするなという一八の制止も聞かずゆっくりと起こす。

薄れゆく意識の中で見た一八の…デビル化した一八の姿を思い出しながら、一八に支えられた名無しさんは言葉を続けた。

「でも、一八さんは…私を、助けてくれましたよね…?」


すると一八は呆れたように口を開く。

「自分の女が死んでいくのを黙って見ていればよかった、とでも言うつもりか?」


「――…!」

名無しさんは体をずらし、一八に向き直った。

見上げる瞳には涙が滲んでいる。


「一八さんは、私を…」

分かっているつもりでも、心のどこかでは不安だった。

一度だけでいい、訊いてみたかった。

名無しさんは震える唇を動かす。

そうであってほしいという願いを込めて。

「私を愛してくれていると…自惚れても、いいですか…?」


「好きにしろ。…今更だがな」

涙が頬を伝い、抱き寄せられた一八の胸に吸い込まれていく。


「ごめんなさい、一八さん…っ、ごめ、なさ…」

「謝るな。悪いのはお前じゃない」

泣きじゃくる名無しさんが落ち着くまで、一八は何も言わず抱きしめていた。


その後、泣き疲れた名無しさんの体をそっと横たえる。


「もう少し眠れ」

一八に言われるがままに、名無しさんは目を閉じ、体を丸めた。

あたたかくなった心の真ん中を、優しく抱きしめるように。

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