‡腕の中の真実‡

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「…うそ」

目の前の状況をうまく飲み込めず、名無しさんは小さく呟いた。


昨夜は確かに一緒に眠ったはずだった。

しかし、自分を抱きしめてくれているはずの腕はなく、逆に自分の腕の中に収まるように眠る――子供。


名無しさんが体を起こしても目覚める気配はない。

動揺しながらも名無しさんはその子供―少年―をじっと観察する。


しっかりとした強い眉、ぴこりと後ろにはねた髪。

眠っているのに、怒っているように眉間に寄せられたしわ。

信じられないという思いはありつつも、それでも間違いようのない答えに辿り着くのに時間は必要なかった。


無防備な寝顔の眉間にそっと指を這わすと、小さな声を漏らし少年は目を覚ました。

きょろきょろとまわりを見回した後、寝ぼけまなこで名無しさんを見る。


「…一八、さんですか…?」

名無しさんはおそるおそる訊ねた。


「そうだ。おれは三島一八だ」

「…!」

少年の口からは予想通りの答えが返される。


「お前は?」

「名無し…名無しさん、です」

目の前にいるのは5、6歳と思われる子供だというのに、それが一八だというだけでその言葉遣いは普段の一八に対するものと同じになってしまう。


「じゃあ名無しさん、腹が減った」

しかし一八はそんなことは気にした風もなく、ただ自分の欲求を訴えてくる。

ここがどこなのかとか疑問はないのだろうかとも思うが、訊かれてもなんと答えてよいか分からないため名無しさんは少年一八の順応性にほっと安堵した。


「何が食べたいですか?」

「オムライス!」

一八と視線を合わせて問いかけた名無しさんに笑顔で即答する一八。


「――…!!」

「どうした?」

「…いえ、すみません」

少年一八があまりにも可愛らしすぎて、言葉を失ってしまう。

普段の一八を見慣れている名無しさんにとって、そのギャップがたまらなかった。





難しい料理じゃなくてよかったと思いながら、名無しさんは一八のためにオムライスを作る。

ケチャップでかずやと書かれたオムライスに目を輝かせる一八と、それを見て幸せな気持ちになる名無しさん。


一八がとろんとした目をこすれば、その小さな体をベッドに寝かせ一緒に昼寝をする。

柔らかな髪をなでると、くすぐったそうにその身を名無しさんへとすり寄せた。


おやつにはパンケーキを焼いた。

絞り袋を力いっぱい握りしめた一八のおかげで生クリームにまみれたパンケーキは、なかなか食べごたえがあった。


そういえば一八さんは、甘いものは食べるのだろうかと考えたりしてみる。

そのシーンを想像したら、笑みがこぼれた。





「なんで名無しさんは、俺に対して敬語を使うんだ?」

甘いミルクティーを飲み干した一八がふと、今そのことに気付いた様子で訊いてくる。


「なんとなく、です…」

本当は私より年上だから、なんて理由は言えるはずもないし言ってもわけが分からないだろう。


名無しさんが曖昧に答えると、

「変なヤツだな」

一八はそう言ってふは、と笑う。


「――…っ」

少し大人びたその笑顔を見た瞬間、抱きしめたいと思った。

少年一八をなのか、いつもの一八をなのかは分からなかったけれど。


けれど、ただ――愛しいと思った。

だから自分の気持ちをごまかすことなく、名無しさんは目の前の少年を強く胸に抱きしめた。


「おい、何をするっ!はなせっ!」

しかしそこは三島一八、小さくても男としてのプライドは当然あるようで、じたばたと抵抗する。

とは言えさすがの一八でも、5歳の力では名無しさんの腕から逃げ出すことはできなかった。


「ふふ、いつもと逆、ですね…」

名無しさんは、観念ししかしどこかふてくされたような一八の顔を覗き込み柔らかく笑う。


そしてその額に、優しくひとつ――キスをした。










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