短編

□鉄則
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『登校』


俺、獄寺隼人にはいくつかの鉄則がある。
『十代目をお守りすること』、そして『身も心も十代目に捧げること』。
まだ他にもあるがこの二つが最高に重要だ。――最近、ある女のせいで変わりつつあるのだが。
俺は毎朝十代目をお迎えに行き(十代目に言われて不本意ながらうぜえ野球馬鹿と)山本と学校に向かう。

「あ……」
「獄寺くん?どうかした?」
「あ、いえ。すいません十代目。なんでもありません」

――いた。今日も、いた。
十代目と野球馬鹿が話しているのが横目で見える。けど、それよりも前を歩くあの女に目が、意識が、思考が、奪われる。
いつからだったろうか。あの女を目で追うようになったのは。最初は単純に席が隣だっただけで、興味なんか毛ほどもなかった。ただ少しだけ、他の女と違って媚びるように笑うこともうざったく話しかけてくることもせず、無表情でよろしくと一言だけ言って前を向いたあの女がほんの少しだけ気になった。
とにかく笑わない、話さないあの女には友達なんてものはいないんだろうな、と思っていたら、あの女の周りには意外と人が集まっていた。そして意外なことに俺には無表情だったあの顔が笑っていたのだ。今思うと笑えるのか、と純粋に驚いた時には、恐らくすでに目で追っていたのだろう。

「――なあ、獄寺」
「あ……?なんだよ野球馬鹿」
「獄寺の下駄箱こっちだと思うぜ」

苦笑する山本にはっとして周りを見ると、いつの間にか学校の昇降口にある下駄箱にいた。それも自分の靴が入っている場所とは少しずれた、あの女の下駄箱の前に、だ。
じりじりと顔が熱くなる。ぼおっと気が抜けていた自分も、気が抜けていた理由があの女だということも、小首を傾げている目の前のあの女も、ああもう、全てが恥ずかしい。

「――!すいません十代目先に行ってます!」

急いで自分の下駄箱から靴を引き出し履き替えて、逃げるように教室に向かった。
だから気付かなかった。俺が走り去った後ろであの女が笑っていたなんて、思いもしなかったんだ。

「なにやってんだ俺……!」

恥ずかしいが頭を占めているこの時の俺はまだ気付かなかった。走っている原因のあの女が隣の席だということに。





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