□もう一つの世界で
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「…君が真面目だと気が付いていたのに…、いや、それを利用してしまった…。卑怯だったね…」
 いつの間にか、春水の逞しい胸に頭を預け、大きな手で頭を撫でられていた。優しく低く甘い声で淡々と語る春水の声に、いつしか落ち着いていた。
「……正面から口説いても…相手にされないと思って…気が急いてしまってた…」
 春水の言葉に、何を言っているのだと小首を傾げ、見上げると。驚く程真剣な瞳にぶつかる。
「……ご免よ…」
「……社長…」
「……もう、歩けるかい?無理なら送るよ」
「………」
「…七…伊勢君…?」
「………」
 言い直された呼び掛けに、七緒はびくりと震え、再び涙が溢れだす。
「………少しは自惚れて…いいのかな…?」
 七緒の涙に、春水は嬉しそうな笑みを浮かべ七緒を抱き締める。今度は強く。
「…っく…人を泣かせて…何…笑って…」
「だって…ボクの為に泣いてくれてるんだろ?嬉しいよ」
「…為なんかじゃっ…あなたの所為…ですっ…」
「それでも、嬉しい…」
 七緒の眼鏡を外し、涙を拭うように唇を這わせていく。
「振られたと思ったから」
「……ひっく」
「…もう帰さないからね…」
「……何でそうなるんですかっ」
「だってこのまま帰したら、七緒ちゃんは泣き暮らす訳で、帰さなかったら、泣き止んで、怒って笑ってくれるから」
 春水の言葉通りだと言う事に、七緒は苛立ち、涙も止まり、睨んでみる。
 だが、にこにこと笑みを浮かべ続ける春水に、呆れ溜め息を吐く。言葉通りになりたくないのに。流されたくない筈なのに。


「…七緒ちゃん。結婚しよう?」
「……ぐすっ。嫌ですっ…」
「いいじゃないか…。けち」
「…けちじゃありませんっ…。嫌ですっ、こんなプロポーズ」
 七緒の言葉に春水は目を丸くし、爆笑しだした。
「はははっ!まさかっ…やり直しって…言われるなんて…あっはははは!」
「……ふ…ふふ…」
 釣られ笑いだした七緒に、春水はそっと手を取る。
「後で文句つけようがない、プロポーズをしてあげる」
「私は厳しいですからね」
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