□意外な犠骸
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 二人は祭りを楽しむことを諦め、道を外れることにした。

 裏道へ入りしばらくすると、宿屋が目に入った。
「休んでいこうか」
「……」
「何もしないからさ」
「…はい…」
 春水の促しに渋々七緒は頷いた。連れ込み宿といかがわしい所ではなく、極普通の温泉宿であるのも、頷けた理由だ。

 宿に入り、部屋の温泉にゆったり入れるものを選ぶと、春水は女将に心付を渡し、誰も入らないように伝え、七緒はその間に茶をいれた。
 二人はほぼ同時に茶碗を持ち、口にして一息吐く。
「…七緒ちゃん。着物良く見せて」
「…はい」
 七緒は立ち上がり、くるりと回って見せた。
 この着物を選んだのは春水なのだから、望むことは当然だろう。
「うん。やっぱり似合うね」
「ありがとうございます」
 七緒が着ている着物は紬で、絵羽模様と呼ばれる色糸で織り込まれた柄の着物だ。帯は染め帯で、見る人が見れば贅沢だと解る品だった。
 春水も紬を粋に着流し羽織りを着ていた。
 
「………七緒ちゃん…」
「はい」
 春水は七緒の手をそっと握って見上げた。
「舌の根も乾かないうちで、悪いんだけど…」
「……う…」
「ご免よ…、ボクの息子はとっても正直で…」
「…うう…」
「駄目…かな…。犠骸嫌なら、今から直ぐ帰って…」
「………」
 春水の哀願するような瞳に、七緒は揺れた。この部屋は宿の中でも良い部屋で、部屋に露天風呂と別室に寝台まであったのだ。
 こんなに良い部屋で、心が動かない程七緒は冷めていなかった。
「……今回…だけですよ…」
「ありがとう。七緒ちゃん」
 春水は満面の笑みを浮かべて、七緒の手の甲に唇を押し付けた。
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