□香水
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「それに、この香水は乱菊さんからの誕生日プレゼントなんですから」
「乱菊ちゃん?何で?」
「…乱菊さん曰く『化粧しないなら、香水くらいつけたら?』だそうで。仕事の時は敵に気付かれるからって反論したんですけれど…」
「まあ、匂いに敏感な虚相手も確かにいるけどねぇ?」
「…あんたの仕事は書類じゃないって言われて…確かに、書類相手に匂いを気にする必要はないなぁと」
「……まあ、そりゃそうだ」
「それに、私が駆り出されるような緊急事態は、大抵隊長がご一緒ですし」
「まあね、七緒ちゃん一人でなんてボクが行かせないし、許可しないからねぇ」
 七緒は大きな溜息を吐きだし相槌を打つ春水を肩越しに睨みつける。
「…まさか、こんな大物が釣れるとは思いませんでした」
「あれぇ?風向き変わってきちゃったかな?」
「さあ、このまま執務室まで参りましょうか?」
「あははははは」
 春水はようやく腕の力を緩め七緒から一歩退いた。

「隊長?」
「なあに?七緒ちゃん」
「帰りますよ」
「……はぁい」
 七緒の冷やかな視線を受けて春水はしょんぼりと頷いた。


 八番隊へと戻ってきて春水は天井を見上げ、そしてがっくりとうなだれた。
 高く積み上がった書類に加え室内に漂う香り。
「…拷問だ…」
「何がですか?」
 書類相手の時の七緒は鬼のようなのでうかつにちょっかいを掛けることはできない。縄なら可愛いほうで、鎖で縛られたことすらあるのだ。
 書類相手に格闘しつつ、室内に漂う七緒の香りは堪らない。
 この香水を七緒が付けていると解っているから尚更だ。
「参ったねぇ…どうも…」
「ほらほら、さっさと片付けて下さらないと、私が安心して休めないじゃないですか」
「……あ」
「隊長も自分の誕生日は何の気兼ねもなく休みたいでしょう?」
「はい」
 七緒の説得に春水は素直に頷いた。

「全く、本気になればちゃんとできるのに」
 七緒は呼び出した三席に書類の束を渡しながらぼやく。
「今更ですぞ」
「まあ、そうでしょうけれど。これお願いね」
「ははっ、承りました。ごゆっくりお休みください。伊勢副隊長」
「ありがとう」
 辰房が大きな体を屈めて笑顔で頷き出て行くと、七緒は溜息を吐きだした。

「それでは、私は上がらせていただきます」
「へぇい」
 書類仕事に疲れてしまった春水は軽く手を挙げて挨拶を済ませる。机に突っ伏したまま動こうとしない。

「お酒はほどほどになさってくださいね」
 優しい一言を残して七緒は退室していった。


「参ったねぇ…どうも…。七緒ちゃんたら無意識だから怖いよ…」
 七緒が退室し執務室から遠く離れてからようやく春水は顔を上げて呟いた。

 まだ室内には香水の香りが微かに漂っている。七緒の残した一言は春水からしてみれば、酔わずに部屋へ来て欲しいと誘われているようなものだ。
 明日は七緒の誕生日だから。
 恐らく七緒には他意はないのだろうが。
 
 それでも、七緒が飲み過ぎに気を使ってくれるならば、せめて彼女の誕生日の時くらいは望みを叶えたいとも思う。
「はあ…まだまだ子の刻まで時間があるな…浮竹でもからかいにいくか…」
 春水は苦笑いを浮かべて立ちあがった。
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