□香水
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「な、な、お、ちゃん」
 耳元で囁かれて、ふうと息を吹きかけられた。

「きゃあああ!」
 当然の事ながら七緒は耳を手で覆い隠し大きく飛び退こうとしたが、いつの間にか抱きしめられていて身動きがとれない。

「ん〜…、そんなに怯えなくてもいいじゃないの。ボク傷ついちゃうよ」
「傷つくようなタマですか!セクハラですよ!」
「セクハラじゃないよ、スキンシップっていうんだよ」
 ああ言えばこう言うとはまさにこのことだ。
 七緒は眉間に皺を刻み腕に力を入れて巻きつく春水の腕から逃れようと試みる。
 試みてはみるものの、やはり隊長である春水の腕力には敵わない。びくともしないのだ。

「もう、離してください」
「やだ」
 溜息交じりに願ってみるが、たった一言で一蹴されてしまう。
「やだじゃありません!駄々っ子みたいに!」
「うん、ボク駄々っ子だもん」
「こんなでかい親父が駄々捏ねたって可愛くもなんともありません!」
「つれないねぇ…七緒ちゃん」
 悲しそうに寂しそうに呟くが、七緒は騙されない。
「いい加減に離してくださいってば!」
 身体を捩って足を踏みつけ踏みにじる。
「いだだだだ、痛い痛いよ、七緒ちゃん!ボク素足なんだって!」
「足袋を履かない方が悪いんです!離してってば!」
 七緒の口調からどんどん敬語が抜けて行き乱暴な言葉使いになっていく。

 だが、春水がここまで強固な姿勢を貫くのも珍しい。
 いつもは触れる寸前で、七緒に打たれることをわざと覚悟してちょっかいを掛けている節もあるし、実際に打たれたり叩かれたりすれば素直に身を引くのだ。

「七緒ちゃんいい香りがする〜」
 耳の後ろへ鼻を寄せて香りを嗅ぐ。
 乱菊に教わり現世の香水をつけてみたのだが、どうやらこれが原因だったようだ。
「ちょ、隊長!」
 七緒はぎょっとして更に春水の腕の中で体を捩らせた。
「だって、これ、結構官能的な香りだよ?誘ってるとしか思えないなぁ」
 耳元で熱っぽく囁かれて七緒の膝の力が抜けそうになった。
 春水の声は七緒にとって強烈な武器の一つだ。
「や…」
「七緒ちゃん…」
「んん…」
 更に熱を込めて囁かれてとうとう七緒の唇から喘ぎ声を押し殺したような甘い呻きが漏れた。
「…七緒ちゃんにはちょっとだけ似合わないかな…」
「え?」
「夜、お風呂上がりに素肌になら合うだろうねぇ」
 想像しながらの発言だろう。目蓋を閉じてうっとりと呟く。
「うう…」
「日の出てる内は駄目だよ?ボク以外の男が気がついたら、大変だからね?」
「!!」
 春水のこの台詞と声音でようやく七緒は己の失態に気が付いた。
 台詞だけだったら気付かなかったかもしれない。だが、這うように低く恐ろしく冷やかな声音に、春水が嫉妬していると解ったのだ。

 そう、香水そのものが原因ではないのだ。
 香水を今この時間に着けて、更に外出していたことが問題だったのだ。
 ひょっとしたら、他の男に襲われていたかもしれない。否襲われると思われる方が未だマシと言うものだ。
 他の男を誘おうとしていたのかもしれないと、思われることが遙かに重大な問題なのである。
 居もしない相手にすら嫉妬するこの男の心の狭さ。

「も、申し訳ありません。そこまで気づきませんでした。以降気をつけますので」
「本当?」
「勿論です」
 春水に嫉妬され、それを楽しみ試そうと思うほど七緒は愚かではない。
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