□桜と月と猫
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「夜一サン、少し遠出して、桜、見に行きませんか?」

 夕飯も食べ終わり、風呂にも入った頃に夜一が喜助を訪ねてきた。その機会を逃さず、喜助が誘ったのだ。
「珍しいの、おぬしが誘うてくれるのは」
「いえね、今、天下一の桜ってのが見頃なんスよ。折角夜一サンが良いタイミングで、来てくれたんですから、これは誘わないと」
 猫姿の夜一は、喜助を見上げ首を傾げ、喜助は扇子で口元を隠し、軽い口調で説明を加えた。
「……ふむ。まあ、よかろう」
「やった!テッサイ!!これからちょっと、夜一サンと出かけてきますからね!!」
「は、畏まりました。お気を付けて」
 喜助は小躍りしながら、荷物を手繰り寄せる(用意していたのか)と、テッサイへと報告する。テッサイが奥から顔を出し頷き返すと、喜助は猫姿の夜一を抱え、歩きだした。



「何処まで行くのじゃ?」
 腕の中から喜助を見上げ、目的地を訪ねる。
「長野県っスよ」
「は?長野?」
「高遠というところのコヒガン桜が見頃なんスよ。今朝の新聞に載ってましてね。あんまり見事なもんだから、夜一サンといけたらなーって考えてました。そしたら、夜一サンが来てくれて」
 喜助は頬を少しばかり染め、嬉しそうに語り、夜一を撫でる。満面の笑みを浮かべる喜助に、夜一は少しばかり呆れた表情を見せる。
「…喜助…」
「たまには良いじゃないっスか。息抜きも必要でしょ?」
「…おぬしは、息抜きばかりじゃろうが」
 軽く溜息を吐きながらも、喜助が新聞の記事に心動かされるくらいなのだから良いものなのだろうと、大人しく抱かれたまま、目的地に着くまで他愛の無い会話を交わした。



 夜更けの人気の無い頃に、高遠に到着した。
 ライトアップの時間は終了していたが、この日は雲一つない夜空で、月が明るい。更待月で、まだまだ月は丸く、二人にとっては充分な明るさだった。
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