□造られしモノ
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「…この桜が作り物だとは…ご存じですか…?」
 ふいに、ネムが語り始めた。桜を眺めながら、淡々とした口調で。
「へえ。そいつは知らなかった」
「…接木という手法で、作られた品種なのです」
「それで?」
「…同じ時期に、同じように咲くのは、造られたものだからなんですよ…」
「…へぇ…」
 説明を受けて、一角は記憶を巡らせる。日当たりによって多少の差は生まれるが、確かに一斉に咲きほこり、一斉に散る。他の種類の桜は、前後して咲いていた。
「でもよ、今じゃ桜ってえとこれだよな」
「……」
「言われなきゃ、解らないなら、いいんじゃねえか」
 一角は腕を伸ばし、ネムの頬を撫でる。
「綺麗だと思って、桜だと思って観てるんだからよ」
「…一角さん…」
 頬を撫でられ、ネムはようやく一角を見下ろす。
「…ネムはネムだろ?」
 口端を釣り上げ、ネムを見上げ、頬を撫でていた手を項へ滑らせ、引き寄せる。ネムは屈み込む形で、少しばかり窮屈そうな態勢になる。
「俺は、好きだぜ」
「……はい」
 一角の素直な言葉に、ネムは微笑を浮かべた。
 少しだけ唇が重なる。
「…駄目だ、キスしにくい」
 一角は起き上がり正面に座り、抱き寄せ唇を重ねる。
「ん…」
 舌で唇をこじ開けられ、舌を求められ絡まれる。執拗に貪欲に口を吸われ、やっと離れた時、ネムの頬は桜色に染まり、瞳が潤んでいた。
「…人ってのは、割と変化をあっさり受け入れるもんだぜ。色々と作り出して、馴染んでいく。桜がいい例だろ?」
「……はい」
 ネムは頷き、一角に抱き寄せられるままに、逞しい胸に頭を預ける。
 親のマユリには感じられない、不思議な安堵感が一角にはある。
「…あなたに、出会えて…好きになれて…よかった…」
「おいおい、過去形かよ。これからだろ?」
 おどけた表情で、口調でネムを覗き込み笑う一角に、ネムも笑みを返した。


「そう、ですね…これから…」
「そ、これからだ」


 二人は微笑みあい、桜をいつまでも見ていたのでした。




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