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□不幸の手紙リベンジ
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間桐雁夜は疑い深い人間である。
それ故に一度良しとしたものに対しての警戒心は緩み、逆にとても騙されやすくなるのだということに、本人は気付いていないようだった。
そんな雁夜の目の前にあるものは幼少の頃に誰もが一度は見覚えがあるであろう、いわゆる『不幸の手紙』というものである。
何故そのような幼稚な悪戯を今更引っ張り出して来たのかと言えば、それは少し時間を遡った2時間前の事になる。



「おじさん、手伝って欲しい事があるの」
「ん?なにかな」
訳あって同じ家で暮らすことになった桜に袖を引かれ、彼女の珍しい“お願い”に雁夜は目線を合わせるために屈みながら笑顔で応えた。
「手の届かない所に読みたい本があるの」
「うん、分かった。どれかな?」
桜の指差した先に目的の本を見つけて、手にとって桜に渡してやる。本のタイトルには、『よく効くおまじない大全』と書かれていた。
「桜ちゃん、そんな本何に使うんだい?」
どう見ても一般人向けの胡散臭いまじない本だったので、そんなものに桜が興味を示す事が不思議でつい思った事を口に出してしまってから、しまった と雁夜は口に手を当てた。
「気にしないで…。この本にある手紙のおまじない、本当によく効くって書いてあったから、少し気になって…」
桜は机に本を広げると、ぼんやりと眺め始めた。
雁夜もなんとなく気にかかり、桜の正面に座り一緒に覗き込む。
そこにはいわゆるおまじないとしての手紙や、意中のひとと思い合えるようになる手紙の書き方、嫌いな人間に送る不幸の手紙…などが載っていた。雁夜はなんとなく懐かしくなってその文章を目で追ってゆく。
「俺も小学生の時とか、不幸の手紙送ったなぁ…」
「おじさんにも、きらいな子がいたの?」
「今も昔もきらいな子ばっかりだよ」
「すきな子はいなかったの?」
「…、いるよ」
「これ、その人に出せばいいのに」
桜が両想いの手紙を指差しながら言うと、雁夜は照れくさそうに頬を掻いた。
「俺は、こういうのは信じてないから」



「…信じてない、はずだったんだけどなぁ…」
桜と一緒に作ってしまったその不幸の手紙には、相手の名前は書かれていなかった。
両想いの手紙は(相手が結婚してしまったために)今更出すことはできないと桜を説得した所、どうせ信じていないのならばと不幸の手紙を書かされるはめになったのだ。どうも桜が手紙の効果のほどを見たいだけのような気はしたが、雁夜は桜のお願いには弱かった。
しかしその不幸の手紙は通常考えられる不幸の手紙とは少し様子が違っていた。それもよく効くらしいまじない独特のものなのだろうとあまり深く考えてはいなかったが、その事が後々手紙を受け取った人間を困惑させることを雁夜はまだ知らなかった。



遠坂邸にその『不幸の手紙』が届けられたのは、その翌日の事である。
その他多くの郵便物に混ざって、差出人K.Mとだけ書かれた謎の手紙を時臣は手に取った。
レターナイフで綺麗に開封すると、中から現れたのは固有名詞こそないものの、明らかに自分宛てであろう文章…しかも自分を褒め称える言葉ばかりが1枚にぎっしりと羅列してあった。
時臣はわけもわからず眺めていたが、見ているうちにだんだん顔に熱が集まるのがよく分かった。
いったい誰が、何のためにこんな文章を…
時臣の疑問は、その後1週置きに3ヶ月間続く事となる。



雁夜と桜が不幸の手紙と勘違いしてしたためていた文章は、好きな人と両想いになるための手紙であった。
そんな事とは露知らず、桜にせがまれた雁夜は今日も時臣を讃える文章を書き連ねていた。




end
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