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□羽根は彼の人を連れ去って
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イライラと ざわざわと 静かに騒ぐ心臓の音が五月蝿くて、集中力はどこかへと消えてしまっていた。
正確に言えばその集中力の全ては通話中の同室者とその会話へと注がれていたのだが、そんなみっともない事実を認める事など自分のプライドと性格が許すはずもなかった。
思わずチラリと盗み見た同室者の姿。普段部屋に居る時は少しでもリラックスしたいからと和装で居ることが多かったが(自分に言わせればそちらの方がよほど息が詰まりそうだ)今は学園から帰ったばかりということもあり制服を着ている。その見慣れたアーガイルのセーターの胸元には、見慣れないアクセサリーが下がっていた。ヤツに似合わず可愛らしい、鳥の羽根がモチーフになったネックレス。笑って身体を揺らす度、ちらりと揺れて目障りだった。
「真衣、素晴らしい贈り物を本当にありがとう」
誰も見たことがないような優しい笑顔 優しい声で、彼の妹君へ伝える“お兄ちゃん”の姿が見ていられなくて、手にしていた雑誌を置いて立ち上がってダーツの矢に手を伸ばす。狙いをつけて放ったが、その矢は随分と的外れな方向へ飛んでいった。その姿が同室者の言動と重なり、思わず小さな笑いが漏れた。
「何を笑っている、神宮寺」
突然声を掛けられて、びくりと身体が跳ねる。声の方へ向くと、訝るような視線とかち合った。
「…なんでもないよ」
漸く自分の方へ向いた視線から、逃げるように目を逸らす。
視界の端に映る羽根が、自己主張をするように揺れる様が嫌でも目についてイライラは増してゆく。
「一体何に怒っているのだ、貴様は」
呆れたような、(先程の電話の名残なのか)少し上から見ているような、(本人にその意図は無いだろうが)ひとを馬鹿にしているような あの笑顔と優しい声とは大違いの、声。
「ほっといてくれ」
これ以上この声を聞いていては、きっとこの鈍い同室者を傷付ける台詞ばかりが吐き出されてしまう。部屋を出て行こうとドアノブに手をかけたところで、腕を掴まれて其方へ向かされた。
「おい、神宮寺?」
「浮かれておいでのお兄ちゃまには悪いけど、お前には似合わないよ そんな玩具」
きっと、ひどい顔をしているだろう。ひどい言葉を吐き出して、傷付けているのは自分だというのに。
「貴様は阿呆か。そんな泣きそうな顔をしながら言う言葉では無かろう」
予想外の声で 予想外の台詞で 予想外の表情で
(望んでいた声で 優しい台詞で 見たかった表情で)
本当に狡い男だ と思った。なにもかも見透かしたような顔で オレの欲しいものを易々と与えるのだから。
「…本当の事を言っただけだよ」
お前には、オレが給料三ヶ月分の指輪を買ってやるから
可愛らしいレディなんかに、お前を浚わせやしないから
「全く、おかしなヤツだ」
その首から羽根を外しながらゆるりと微笑う目の前の人の計画通り、オレはまんまと目を離すことが出来なくなってしまっていた。




end

12/06/22

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