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□なみだ
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思えば今日のあの男の行動は、朝からなにかそわそわと落ち着かないものがあった。
声をかけても返事をしない、食べ物を食べこぼす、歯ブラシを間違える、扉に頭をぶつける、靴を左右逆に履く、等々…普段からそそっかしいことは確かだが、今日のそれはその域を越えていた。
おかしいとは思っていたが、本人が言わない限りは干渉しないでおこうと決めていたのでそのまま二人でスタジオへと向かった。今日は昔からの仲間達と一緒にバラエティ番組の収録があった。その頃には音也の調子も戻っており、順調に収録は進んでいた…ように見えていた。変化があったのは他のメンバーへ一言ずつメッセージをおくるコーナーだった。
最近シングルを発表したばかりの翔から順にメッセージを伝えはじめた時に、おくられる方の顔がアップになった際、俗に言ゔ変顔゙をしたのだ。真面目に伝えようとした翔が噴き出し、音也へ散々文句を降らせた。
それだけでは飽きたらずメンバーが順にメッセージを発表する度に巫山戯た態度をとる音也に、メンバーは呆れた顔で音也を叱り、その度に音也はへらりと軽い調子で謝ってみせた。
なんとか録り直しの事態は避けられたものの、メンバーの機嫌は最底辺に落ちきってしまっていた。
休憩に入りその場に居辛くなったらしい音也が楽屋を出ていくのを追ってたどり着いた先は自販機の前の休憩スペースだった。
ベンチに座りボーッと自販機を見詰める音也の隣に無言で座ると、音也は迷惑そうにチラリとこちらを見てからまた視線を自販機に戻した。
「俺を叱りにきたの」
「おや、叱られる自覚はあるんですね」
「意地悪だなあトキヤは」
拗ねたように言う声は、また巫山戯た様子に戻っていた。
思わず溜め息を吐き出すと、視界の端で肩が揺れた。
「干渉する気はありませんでしたが、あまりにも目に余るのでこれだけは言わせてください。あなたが何に落ち込んでいるかなんて知りませんし無理に聞き出したりはしませんが、泣きたいときくらいは素直になってはいかがですか」
そう言うと、そんなふうに言われるとは思っていなかったらしく、ぽかんと間抜けな顔で此方を見たまま固まってしまった。
「どうして、お前には分かっちゃうのかなぁ…」
そうして今にも泣き出しそうな顔をした音也は、私に背を向けて俯いた。
「カッコ悪いなぁ…俺」
そう言った声が震えていたように聞こえた事には、そのカッコ悪さに免じて気付かなかった事にしておいてやることにした。

end

12/11/26

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