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□グリレグリ詰め合わセット
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2...大丈夫。燃えるゴミの日はまた来るよ。

泣き声がした。誰かの泣き声。
正確には、うわーんと声を上げるようなものではなく、静かに涙を流すような、その程度の物音。しかし確実に、それは泣き声であった。
俺は辺りを見渡してみた。この泣き声は、一体どこから聞こえてくるのだろうか。
ふ と何かを捉えた気がして、行き過ぎた視線を戻す。捉えたのは、まるい背中だった。
俺は声を掛けようとして、そうしてパチリと目を覚ましたのだった。

「…夢、か」
上半身を起こして窓の外を見上げる。呆れるくらいに晴れ渡った空には、ムックル達が群をなして飛んでいた。
「おはよう、イーブイ」
そして髪を掻き上げながら、すり寄ってきたイーブイを撫でてやる。イーブイの頭には、軽く寝癖がついていた。

朝食をとった後の温い空気の中、ニュース番組を眺めながら今朝見ていた夢の中での出来事を思い出していた。
泣いていた。泣いていたあの背中の持ち主は、一体誰だったのだろう。
昔じーさんに聞いた話では、夢に出て来る人間は、自分に会いたがっている人間なのだという。その人は、自分が泣いている事を俺に気付いて欲しかったのだろうか?
そこまで考えて、俺にはそんな人間に心当たりがない事を思い出しながら徐にコーヒーを啜った。

今日も今日とて挑戦者の来ないトキワジムを抜け出した俺は、ピジョットに乗ってグレン島へとやって来た。ここに花束を供える事が、グレン島火山災害後の俺の日課になっていた。
手を合わせ、目を閉じていると、また今朝の夢を思い出した。
静かに涙を流す背中。見覚えのある背中。
どうしても、どこで見たのか思い出す事は出来なかった。

それは、ほんの気紛れだった。
何気なく時計を確認した時に、ふ と思い立った俺は、マサラタウンにある俺の実家へと向かった。午後3時と言えば、うちのねーさんのティータイムだ。
「ただいま、ねーさん」
声をかけて玄関を開くと、そこには意外な人物が居たのだった。
「…グリーン、久し振り」
「…って、レッド?! なんでウチに?」
「今丁度外で見掛けてね、そろそろお茶にしようと思ってたから、一緒にどうかしら、と思って私が呼び止めたのよ。まさかグリーンまで帰って来るとは思わなかったわ」
ニコニコと嬉しそうに話すねーさんに、何も言わず肩をすくめたレッド。
俺は驚きながらも、少し笑って席に着いた。

「ところでレッド、お前がこんなとこにいるなんて珍しいじゃねえか。どうしたんだよ?」
ねーさんお手製のクッキーを咥え乍ら、困ったように視線を逸らすレッド。どうやら言い難い事情でもあるらしい。
「言いたくねぇなら、無理には聞かねえよ」
「………、ごめん」
紅茶を一口啜り、小さく息を零してみる。この幼なじみはどうにも問題をひとりで抱え気味で、ひとを頼る事をいつまでたっても覚えやしない。
そうして、再び今朝の夢を思い出したのだった。まさか、いや、しかし…。
「…グリーン?」
不意に考え込んでしまった俺を気遣い、レッドが俺に声を掛けてきた。
久し振りの来客の為にとねーさんが焼いているケーキの香りも鼻をくすぐり、俺を現実に引き戻した。
「悪ぃ、ちょっと今朝見た夢を思い出して」
「夢?」
「誰かが泣いてる、ただそれだけの夢だったんだけどな…ずっとそれが誰なのかが気になってて」
それを聞いたレッドは、なぜか顔を背けてしまった。心なしか、頬があかく見える。
「大丈夫か、熱でもあるのか?」
「っ、だ…大丈夫…」
「……なあ、レッド。ひとつきいてもいいか」
相変わらずこちらを見てくれないレッドを見ながら、静かに口を開く。その横顔は、やはりなにかを隠していた。
「今日マサラタウンに帰って来た理由って、もしかして俺に会うためだったんじゃないか?」
びくり と肩を揺らしたと思ったら、みるみるうちに耳の端があかく染まった。どうやら確信を突いたらしい。
何も言わないかわりにやることなすことは素直に動くこのわかりやすい幼なじみには、単刀直入が一番効果があるのだ。実はその事に俺は随分経ってから気付いたのだが。
「ごめんなさい、お待たせしました」
そう言いながら焼きたてのチーズケーキを持って現れたねーさんは、美味しそうな匂いを漂わせていた。我が姉乍ら、お菓子作りの腕はプロ並みだと思う。
「遠慮しないで食べてね。…あら、レッド君どうかしたの?」
「ねーさんのクッキーが美味すぎて感動したんだと」
「あら、お世辞を言ってもケーキと紅茶しか出せないわよ?」
嬉しそうに笑ったねーさんが紅茶のおかわりを淹れに向かった後、落ち着いたらしいレッドに再び声を掛ける。
「俺も会いたかった。嬉しいよ、レッド。だから、素直に俺を頼ってくれよ。泣きたいなら、肩くらい貸してやるから」
「ば…っ、ばかじゃないの…!」
そして目を逸らして再び俯くと、聞き取れるか聞き取れないかくらいの声で呟いた。
「後で…肩、貸して」
「もちろん」

今日は、グレン島の火山が噴火した日だった。




end
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